大正六年、折から続く大戦景気は未だ翳りの兆しなく。日に日に新たな成金
──これでいいのか。
と、将来に大なる不安を持った。
学者の名前は渡辺龍聖。
小樽高等商業学校・初代校長。アメリカ、コーネル大学で、哲学博士の號を
(Wikipediaより、渡辺龍聖)
「吾輩は先般北陸全部滋賀愛知県下の甲種商業学校を視察巡廻したが何れの地方も多数の住民及青年子弟が成金を夢みて日常の真面目な仕事を厭い浮っ調子となってるのは誠に慨嘆に堪へぬものがある」
予算と時日の都合等、等、なんやかんやあったのだろうが、近江までしか行けなんだのは残念だ。
もし渡辺がもう少し脚を延ばして京阪地方を覗いておれば、「慨嘆」とやらを更に深めて自説を一層補強する、格好の材料を得ていたろうに。
実はこの時期、該地方では警官が大いに不足していた。
辞表の提出が

(交通巡査、仕事中)
ノラクラ公僕しているよりも、野に下った方がずっと稼げる、得である。そう判断し、せっかく纏った制服を惜しげもなく棄ててゆく。流石大阪人らしい、利に聡きこと日本一とも称えられるお国柄。街を
大阪南警察署ではものの一ヵ月の内に二十三人もが辞めて、ちょっとしたレコードを樹立した。
果たしてこのうち何割が戦後恐慌の大反動に巻き込まれ、地獄の底まで真っ逆さまにぶち落とされたことだろう。戦慄すべき数多であるに違いない。
(Wikipediaより、大阪南警察署)
思い返せば昭和のバブル時代にも公務員は負け組扱い、およそウスノロの受け皿として視られていたものだった。
それがいつしか安定第一と持て囃されて、羨望の
好景気と不景気で、人心の機微はこうまで変わる。
「国に十億二十億の富を増すも国民思想の根底に大なる動揺を生じては国家国民の基礎を破壊し到底国家生活の健全を期することが出来ぬ、之れ吾輩の夙に深憂措く能はざる所である」。──渡辺の如き哲人が如何に痛嘆しようとも、移ろい揺らぐがとどのつまりは人心の必然なのだろう。
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