鼻が詰まって頭がうまく回らない。
味を感じる機能の方も、低下の一途をたどるばかりだ。
ストレスはどんどん蓄積される。杉への殺意が抑え難くなってきた。春――この忌々しい、呪いの季節もいよいよ盛りというわけだ。
杉を地上に創造したのは悪魔の仕業と言われても、今なら私は無条件で信じるだろう。人の活動を阻害すること、あまりに悪意に満ち過ぎている。新たな杉の植林を、犯罪として規制すべきでなかろうか。少なくとも公害認定は十分下していいはずだ。
ガスマスクの購入を、真剣に検討したくなる。
(『メトロ エクソダス』より)
昨晩などは布団に入ってさあ寝ようとしたタイミングで両鼻が詰まり、口呼吸を余儀なくされて、ために神経が休まらず、ほとんど一時間近くに亘り物狂おしく悶え続ける憂き目に遭った。
集中力の源である睡眠さえも乱されて。こんなザマでは、どんな作業も捗らぬ。せっかくエマーソンを手に入れたのになんたることか。
左様、ラルフ・ワルド・エマーソン。
十九世紀を彩った思想家、代表的なそのひとり。哲学者であり、作家であり、また詩人でもある男。
(Wikipediaより、エマーソン)
小泉信三をはじめとし、私の愛する文化人のかなり多くがこの米国人に私淑しているところから、かねがね興味を募らせていた。いつかそのうち彼の言葉に触れてみたいと。
するとどうだ、豈図らんや、あるではないか、例によって例の如く神保町の一角に、『エマアソン全集』の陳列が――。
「引力」を感じずにはいられない。この出逢いに意味があるということを。
そういう次第で目下私の手元には、『社交及孤独』と『英国印象記』、『自然論・演説及講演』の計三冊が存在しているわけである。
紀行文は好むところ。まずはとっつき易い方から、『英国印象記』から紐解くことに決めてみた。
これがまた頗る面白い。その面白さのおかげで、花粉の野郎の卑劣悪辣下衆外道な妨害工作に苦しみながらも、なんとかページを捲ることができている。
稲原勝治や江尻正一などにより、私の内に既に構築されていた英人観とがっちり符合する部分も多く。わけても保守性に関する指摘ときたら、思わず快哉を叫んだほどに我が意を得たるものだった。
英人は皆裁判官になれる性質を有している。彼等の本能は先例を探すことである。英国法律上の十八番の句は「人間の記憶が溯り能ふ限りに於て反対の例なき習慣」である。男爵連は云ふ「変化を欲せず」と。ロンドン児は何かの慣例に就いて外国人から理由を訊ねられると「旦那、そりゃいつでもさうですよ」と答へて好奇心の息の根を止めてしまふ。彼等は革新を嫌ふ。ベーコンは「時こそ正しき改革者である」と言ひ、チャタムは「革新は成長の遅き植物である」と言ひ、カニングは「時と共に進め」と言ひ、ウェリントンは「習慣は天性に十倍する」と言った。政治家は皆習慣の潮流の抵抗すべからざることを悟り、この知覚の緩慢と、習慣の付き易きことを言ひ表はす沢山の妙句を発明した。(186~187頁)
これから先、未読の部分に何が書かれているのやら、楽しみで楽しみで仕方ない。
そしてその、楽しみに思った分量だけ、花粉への怨みが煮え滾る。
奴らに顔面の粘膜を凌辱されさえしなければ、もっと早く、且つ深く、読み進められたに相違ないのに、ああ惜しい。
やはり杉は一本残らず伐り倒されて然るべきだ。炭素も保水も知ったことか。文字通り、根こそぎ絶滅させてやれ。――
これが自暴自棄の言葉だと承知してはいるのだが、どうにも感情を制御できない。困ったものだ。とかくに春は狂おしい。
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