軍艦の支払いをコーヒー豆ですると言われて、誰が首を縦に振る?
少なくとも日本人には無理だった。
ナイスジョークとその申し出をせめて面白がってやる、ユーモアセンスも生憎と、持ち合わせてはいなかった。
よしんばバーター貿易にしろ、釣り合いが取れてなさすぎる。大航海時代のノリを二十世紀も三十余年を経た今に持ち出されては迷惑と、そう言って渋面をつくるのがせいぜい関の山だった。
「我が造船技術の躍進的な充実と完備とそれに円安が効いて既にブラジル政府が軽巡洋艦・各数隻三千トン級の貨客船十八隻の建造方を大使を通じて注文して来たことは周知の事実だったが、何分支払方法がブラジル特産コーヒーとの物々交換による方法とあって、ふるひついた我が造船関係者も現金取引によらねばと首を縦にふらなかった」
昭和九年七月十日、『山陽新報』の報道である。
(Wikipediaより、山陽新報本社ビル)
不況の折柄、仕事は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。大口注文は願ってもない。しかしあくまで現ナマ前提、ここは譲れぬ一線と、頑張り通したらしかった。
いっとき期待しただけに、糠喜びに終った際の落胆たるや尋常ならざるものがある。関係者一同、内臓という内臓がぺしゃんこに折り畳まれる感であったに相違ない。
それにつけてもブラジル政府は十八隻以上もの艦艇との引き替えに、いったい何トンのコーヒー豆を積むつもりであったのだろう?
間違いなく夥しい量になる、いっそ小山を築けるほどの膨大さに及ぶはず。当時の日本国内に、そんなのをストックしておくに十分以上の施設があるか? 販路は? 需要、消費のアテは?
ない。
無いから断ったのだろう。
(リオデジャネイロ)
推測する
「こんなもの銀行の入金窓口へは持ってけないだろうが」
現金払いを押し出して、拒否ろうとする主人公。それへおっかぶせるように、
「今日の末端価格知ってるか? 先週な、国境で当局の大量差し押さえがあって、値段が一挙に三割跳ね上がってる」
と、さも恩着せがましい口ぶりで。
結局脚に鉛玉をぶち込まれ、嫌々ながらも主人公、「取引成立」を叫ばざるを得なかった。そのコカインで主人公の弟が、机の上にウクライナの地図をこさえてハイになってた情景が、やけに印象的だった。
「貿易商売を助る一大器械あり。即ち軍艦大砲兵備是なり」か。福澤諭吉の正しさが、いよいよ実感させられる。
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