穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

聖なる炎よ ―帝政ロシアのカルトども―


 広い広い、際涯もないロシアの大地に出現した怪僧は、なにもラスプーチンばかりではない。


 女帝エリザヴェータの治下に於いてもフィリポンと名乗る精神的一大畸形が登場し、怒涛の如く吐き出す鬼論で人心を幻惑、天下を聳動させている。

 

 

Carle Vanloo, Portrait de l’impératrice Élisabeth Petrovna (1760)

Wikipediaより、女帝エリザヴェータ)

 


 彼は自分を預言者と、未来が視える、見て来たのだと触れ廻り、世界の終わり――審判の日は既に間近と盛んに警告。今にして天国の門を潜らなければ皆こぞって地獄に堕ちる、さあ勇気を出して己が命を絶とうじゃないかと、わけのわからぬ「救済法」を提示した。


 自殺の奨励なのである。


 その方法も、縊れ死んだり服毒自殺じゃあ駄目だ。


 炎がいい。

 


 基督の敵に委ねられた世界のこの穢れた精霊は、火によって清められる外はないと説いた。これが信者は、自分はいふまでもなく妻にも、共に木の小屋へ閉ぢ籠って、預言者が小屋の周囲へ藁や柴を積み重ねて火を放ってくれるのを待ち、立ち上る炎の中で苦しみ悶えながら、神の祝福を祈ったものである。(寺田精一著『惑溺と禁欲』20頁)

 

 

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 正気も狂気も遥か彼方に置き棄てた、異界の理屈であったろう。


 怪物としか言いようがない。いったいどうして、どんな事故で、こんなばけものが人間世界に紛れ込んでしまったのか。


 どう考えてもいの一番にこいつを炎に投げ込むべきだが――「ならば自分で死を実践してみせろ」――、不可解なことに当時のロシア人たちはそうしなかった。


 本気でこのフィリポンを神に選ばれた男と信じ、その手にかかって燃やされるのを祝福だと随喜する。斯様な変態心理の持ち主が、白海からウラルを越えて遠くシベリアに至るまで、非常に広範な地域に亘って存在したからわからない。


 理性を何処に置き忘れたと、思わず絶叫したくなる。

 

 

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(『メトロ エクソダス』より、ヴォルガ川一帯)

 


「殉教者」の数は、寺田精一の調べによると、


 カルゴポリで二百四十、


 ヌニジニ・ノヴゴロドで六百、


 オロネッツでは実に三千に及んだという。


 果たして人間は本当に知的生物なのかどうか、疑念のきざす数字であった。


 そりゃあ日本にも苦界を去って死の荘厳に憧れる、補陀落渡海というのがあったし、欧州諸国の暗部には、屡々「自殺クラブ」が結成されて実行者を讃え合ったものだった。


 紀元31年頃のキオスやマッシリアあたりでも「自殺の権利」は公然これを認められ、道徳的に何ら問題のない行為として通用し、ついには政府による毒薬の無料配布さえ実施されたほどである。


 しかしながらそれらに比してもフィリポン一派のやり口が、とりわけおぞましく感ぜられるのは何故なのだろう。やはり「焼死」というのが強いのか。俗説なれど云うではないか、火刑は特に苦しいと――。

 

 

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(『ウィッチャー3 ワイルドハント』より)

 


 おそるべきことに「自殺教」の命脈は、フィリポン一個の寿命を超えて、ロシアの大地にずっしりと根を下ろしてしまった。


 新たな教祖が出現あらわれたのだ。

 


 フィリポンの後継者ドミティアンも其の信徒千七百人を焼いたといわれる。ドミティアンの後継者はショポニコフであった。かくて百年来この方、或は北部ロシアに於て、或はシベリアに於て、或はヴォルガ地方に於て、この派の信者の幾集団が洞窟へ閉ぢ籠って、入り口には藁や柴を積み重ね、粗野な歌を唱へながら火死を待ったものである。(21頁)

 

 

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(『メトロ エクソダス』より、ヴォルガ川カルト教団

 


 フィリポン、ドミティアン、ショポニコフ。


 彼ら自身の終わり方はどうだったのだろう。有言実行、言行一致、ちゃんと炎に巻かれて死んだのだろうか。


 この上なく興味深いところであった。

 

 

 

 

 


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