富士五湖が一つ、西湖の名は、長く絶滅種と目されていた「幻の魚」クニマス発見の功により、一躍全国に響き渡った観がある。
それ以前は
湖名の由来は単純に、河口湖の西に位置しているという地理的条件に過ぎないであろう。
北岳と同じく、何の飾り気もないその朴訥さに却って惹かれる数寄人もいる。
――そんな西湖の北西に。
野外博物館「西湖いやしの里根場」は存在している。
昭和41年9月、台風災害によって壊滅的被害を喰らい、集団移転を余儀なくされた旧足和田村根場集落を現代に再現したものだ。御坂山地のあしもとに、まるで抱かれるようにしてたたずんでいるその有り様は、否が応にもこの国の原風景を仰ぐ想いを深くする。
清冽な小川のせせらぎに、竹樋を伝って落ちる水。
桶の中ではラムネが揺れて、また郷愁を誘うのだ。
立ち並ぶ茅葺屋根は二階部分に窓を設けた「兜造り」と呼ばれるもので、その目的は通風の向上、ひいては養蚕の便利にある。
建物はそれぞれ土産物屋やめし処、伝統工芸の体験場所や展示コーナー、休憩所として活用されて、いずれも出入りが可能であった。
吊るし干されたトウモロコシに、立てかけられた大八車。
右奥では竹細工の実演が。
この流れが降りに降って、やがてラムネを冷やすのだ。
古色蒼然たる机やミシン、柱時計の展示なども行われている。
北東には、やはり鬼門封じの意味であろうか、ひっそりと赤い鳥居と社の姿が。
伝統的な火の見櫓の設置まで。
富士の高嶺が向うに見える。
この日、頂上は雲に隠されていたものの、その雄大さには息を呑まずにいられなかった。
まったく何という存在感であったろう。
あの広闊な裾野など、おもわず吸い寄せられそうな、真に人を恍惚たらしめるものではないか。
「西湖いやしの里根場」は2003年の市町村合併を
もっと繁盛して欲しい心と、このまま人界万里の仙境然たる雰囲気を失って欲しくない心とが、私の中で複雑にせめぎ合っている。サルスベリの紅が、いやに網膜に鮮やかだった。
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