自ら名乗ったのか、勝手な浪漫を託されたのかは定かでないが。
南洋に散らばる無数の部族の間には、日本人末裔伝説を背負うモノとて存在する。
江戸時代初期、幕府の鎖国政策により故郷を失った人々が、現地に帰化する道を選んで血が混ざり、やがて――といった具合に、だ。
セレベス島南部に棲まうブギス族も、そんな日本人末裔候補の一つとして、かつて――大正から昭和前半にかけて――注目された部族であった。
(Wikipediaより、ブギス族)
事実、彼らの風俗には驚くほど日本人と似通った部分が見受けられる。
例えば座り方にしてからそうなのだ。ブギス族は
往来で知人に逢えば頭を下げて一礼し、他家の戸を潜るときには小腰を屈め、来客に物をすすめる際には盆に載せ、決して手渡しすることがない。また、開口一番、何用で来たかと訊ねることも絶対にない。噛みタバコやコーヒー、菓子で客人をもてなして、それから漸く本題に入る。
この工程を面倒がって省こうとする者は、誰であろうと無礼者としてブギス社会から排斥される。この原則は商取引に於いても揺らぐことなく、値段の高低に拘らず、一度でも道徳的禁忌を犯した者とは決して取引しなかった。
こうした痛烈なまでの誇り高さは、大日本帝国の人々の特に好んだところである。
日本人の末裔説が浮上するのもむべなるかな。人とはやはり、自分に近しい者を好むのだろうか。
(Wikipediaより、セレベス島)
むろん、日本人とは明確に異なる特徴も多々あった。例えば「結縄」の風習である。
藤蔓等の皮を裂いて繊維にし、それを編んで輪を作る。出来た輪を何に使うかというと、やはり他家訪問時に携えて行くのだ。
語らんとしている用件の重大さに比例して、輪の大きさも増されてゆく仕組みである。
こういう言外のコミュニケーションの発達は、独特の味があって面白い。
ちなみに「結縄」の最上級は、結び目が赤色に塗られたモノ。これは部族間緊張が高まった際、酋長が特別に用いるモノで、「これより戦闘を開始する。急ぎ敵方を焼き払え」を意味している。
赤はやはり、そういう用途に使われる色であるらしい。
酋長の特権は他にもあって、俗に云う「処女権」めいたものまで付与されている。
酋長が「これは」と思う娘を見付けた場合、彼は先ず従者を走らせて、穂先に黄金の付いた槍を娘の門前に立てさせるのだ。これを受けた家の方では、例え如何なる事情があろうとも、娘を酋長に差し出さねばならない。
それ以外の部分ではブギス族の男女関係はかなり整った方であり、厳然として野合を禁じ、父母の承諾を得なければ、決して結婚することは叶わなかった。適齢期は男女ともに十六歳から二十歳とされており、また女性が妊娠しても産婆役というものは雇われず、陣痛が始まれば独り静かに産屋に籠り、ヤシの実を局部にあてがって、その時をただ待つのみである。
その間亭主はというと、産屋の番として立つのみで、決して付き添ったりはしない。
どころかもし産屋の中を覗こうものなら一家の頭上におそるべき災禍が降りかかると信ぜられていたために、声をかけることすら憚らねばならなかった。
赤子をヤシの実に産み落とす、この伝統のためにブギス族の子供たちには、「赤ちゃんはヤシから生まれてくる」と信じる者が多かったという。
ところ変われば「キャベツ畑」や「コウノトリ」が「ヤシの実」に変わる。人間百景、愉快千万。
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