穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

あゝ満鉄

日高明義は満鉄社員だ。 実に筆まめな男でもある。 連日連夜、どれほど多忙な業務の中に在ろうとも、僅かな時間の隙間を見つけて日記に心象(こころ)を綴り続けた。 それは昭和十二年七月七日、盧溝橋に銃声木霊し、大陸全土が戦火の坩堝と化して以降も変わ…

甲州人よ、何処へゆく

この程度の記事、いつもなら、一回読んだらそれっきり、ここに取り上げるまでもなく、記憶の隅に放置だが――。 同郷の不始末とあってはそうもいくまい。一定の注意を払う必要がある。明治十一年一月十一日の『朝野新聞』に、それは掲載されている。 通三丁目…

意外録

原書に触れろと、大学で教授に訓戒された。 『古事記』でも『徒然草』でも『五輪書』でもなんでもいい。教科書で名ばかり暗記して知った気になっている名著、学生の身である内に、それらを可能な限り読め。自分の瞳と感性で、独立の評価を樹(た)ててみろ、…

第二次大戦ひろい読み

一九四一年、レンドリース法、議会を通過。 この一報が電波に乗って日本国に伝わるや、日頃「米国通」を以って任ずる一部の言論人たちに、尋常ならざる波紋が起きた。 震撼したといっていい。 就中、鶴見祐輔に至っては、同年五月に寄稿した「ルーズヴェルト…

ひいばあちゃんの知恵袋・後編

頭は冷えた。 再開しよう。 〇鋸屑(おがくず)を濡らして固く搾り、箱に入れて、伊勢海老をその中に埋め、暗いところにおくと、一週間くらゐは、生きたまま保たせることができます。新年など、かうしておくと重宝です。 冷蔵技術の未熟な時代の工夫であった…

ひいばあちゃんの知恵袋・前編

――ランプの輝度を上げるには。 「最も純粋の固いパラフィン二分と、純粋の鯨蝋一分と混じ、此混和物を石油に加へて使用すれば、消費量を増さずして、著しく光量を増すの効能があります、さうして此の混和物〇、三グラムは〇、五リットル容れのランプに於て、…

軍人直話 ―「いこかウラジオ、かえろかロシア、ここが思案のインド洋」―

日露戦争の期間を通し、大阪毎日新聞はかなり特ダネに恵まれた。どうもそういう印象がある。 一頭地を抜く、と言うべきか。 例の手帳はもちろんのこと、海軍にその人ありと謳われた不世出の作戦家、秋山真之参謀相手にインタビューを試みて、 ――ここが思案の…

満洲移民五十万 ―第二次日露戦への備え―

児玉源太郎の訓示を見つけた。 あるいはその草稿か。 南満洲鉄道会社創立委員長として、同社の使命――大袈裟に言えばレゾンデートルとは何か、杭でも叩き込むような力強さで定義づけたものである。 蓋し味わう価値がある。 (Wikipediaより、児玉源太郎) 「…

続・大正科学男ども

――これからの時代、産業発展の鍵となるのは合理化だ。 大河内正敏がその信念に到達したのは、明治の末期、私費で挑んだドイツ・オーストリア留学が寄与するところ大という。 本人の口から語られている、 「工業用アルコールの値段ひとつ比較してもわかること…

墓標めぐり ― “Respice post te, mortalem te esse memento.” ―

九歳の少年が絞首刑に処せられた。 一八三三年、イギリスに於ける沙汰である。 罪は窃盗。よその家の窓を割り、保管されていたペンキを奪(と)った。 被害総額、当時の価格でおよそ二ペンス。たった二ペンスの報いのために、前途にきっと待っていたろう何十…

大正科学男ども

「なんでそんなことしたんだアンタ」と訊かれれば、「したかったから」という以外、どんな答えも返せない。 つまりは好奇の狂熱である。 研究者にとり、なにより大事な資質であろう。 (フリーゲーム『ツキメテ』より) 沢村真は納豆菌の発見者だ。練れば練…

凍てついた山陽鉄道

工事が停止(とま)った。 明治二十年代半ば、それまで順調に推移していた山陽鉄道の建設は、しかしながら最後の最後、広島・馬関(下関)の百マイル余を繋ぐ段にて、にわかに凍結させられた。 大詰めで「待った」が入ったのである。 いつもいつも、 ――ほん…