穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―プランテーション―

 

 夢を見た。


 久方ぶりの夢である。


 私は農場で働いていた。


 いや、これを農場と呼んでいいのかどうか。


 世話しているのは桃でも葡萄でも小麦でもなく、カマキリの卵なのである。

 

 

Mantis egg 2005 Spring 001

Wikipediaより、オオカマキリの卵鞘)

 


 畝に根を張る、なんだかよくわからない種類の樹木はことごとく、この昆虫に快適な産卵場所を提供するため植えつけられたものだった。畝は幾筋も幾筋も、見渡す限り続いている。総ての卵が孵ったならばいったいどれほどのカマキリが地を這いまわることになるやら、想像するだに怖気の走ることだった。


 むろん、そんな事態は有り得ない。適当な時期を見計らい、孵化する前の卵鞘を「収穫」するのが我々労働者の役目だからだ。薬の原料になると聞いたが――もちろん夢の中でである――なんの薬かはよくわからない。


「どうせ使うのは金持ち連中、俺たちには無縁なもんさ」


 と、同僚の態度は素っ気ない。


 暗に興味を持つなと言われた気がした。


 その他にも入荷された大量のチーズを肥料棚に移し替えたり、対ネズミ用の罠を仕掛けたりなどしているうちに、業務終了時間となった。

 

 

(飛騨の農民、収穫の秋)

 


 農場の手前のバス停に、ひとりぽつねんと立ち尽くす。


 夕暮なずむ遥かな空へぼんやり視線を送っていると、聞き覚えのあるエンジン音が近づいて来た。


 目的のバスだ。


 腕時計に眼を落とすと、ざっと五分の遅れであった。


 電車のように線路ではなく、公道を走っている以上、どうしたって時間ぴったりとはいかぬ。この程度の遅れで済むなら上出来といっていいだろう。


 が、そんな寛容の心情も、一向にスピードを落とそうとしないバスの姿にたちまち霧散させられた。


(なんということだ)


 運転手にはおれの姿が見えてないのか。


 六尺にも及ばんとする、この立派な図体が――。


 ついにブレーキをかけることなく、車体が目の前を横切ってゆく。


 私は焦った。


 焦りが、脚を動かした。


 息せき切ってバスを追いかけ、車体後部に飛びつくと、広告板や僅かな溝に指をひっかけ体を支え、どうにかこうにか屋根の上まで這い上がる。


 屋根の上には出っ張りがある。


 空調だったりバッテリーだったり、時代や会社でまちまちだが、細かいことは今はいい。


 重要なのはその出っ張りが、寄りかかるのにちょうどよかったことである。寄りかかり、重心を安定しせしめるのに、好適だったことである。

 

 

Izuhakone-Mishima289

Wikipediaより、日本のバス)

 


 やれやれとんだ運動を、と人心地ついたのも束の間のこと。降車すべきバス停が見えても、速度が一向に落ちてくれない。


 当たり前だ、屋根の上に降車ボタンがあるものか。さてどうしよう、このスピードで、まさか飛び降りるわけにもいかないし――と思案するうち目が覚めた。


 花粉症がおさまるにつれ、遠ざけていたアルコールを近頃ふたたび摂取しだした。


 あるいはそれが、このカオスを現出せしめたもとだね・・・・だったのやもしれぬ。


 なお、起床後に調べたところ、カマキリの卵鞘は現実に、漢方薬の材料として珍重されているそうな。


 人間というのは本当に、ありとあらゆる物事に利用価値を見出さなければ気が済まない生き物らしい。

 

 

 

 

 


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