穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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英国紳士とダウジング ―アイルランドに於ける検証―


 イギリス人は検証好きな生物だ。


 産業革命を成就せしめただけあって、原理の解明をこよなく愛す。


 神秘的な何がしかに直面しても、手放しに感動したりせず、疑惑のまなざしを先行せしめ、それが本当に理解を超えた代物か、納得いくまで試そうとする。


 エマーソンの時代、こういうことがあった。

 


 降霊術が英国で大評判になった時、ある英人は百ポンドを密封して、ダブリン銀行に預金し、次に、誰でも彼の手形の番号を云ひ当てた者にその金を贈ると、夢中遊行者、催眠術家、その他に対し新聞広告をした。(『英国印象記』)

 


 挑戦状を叩きつけたといっていい。

 

 

The old Royal Mint building - geograph.org.uk - 735466

Wikipediaより、王立造幣局旧庁舎)

 


 諸君らが本当に幽冥界と交信し、地上一切のことどもを見透す力を持つのなら、よろしい、この程度あくびまじりに当ててみせよと啖呵を切った。


 結果は全滅。およそ半年、彼は預金をそのままにして、ちょくちょく新聞紙面を通し「熟達者ども」への挑発行為を繰り返したが、ついにただの一人とて、番号を言い当てることは叶わなかった。


 そこで彼は得々として頷いたという、「余は最早この実證された虚偽のために心を煩はさない」と――。


 たまらぬ紳士ぶりだった。

 

 

 


 エマーソン去りて数十年後、今度はダウジングがブームとなった。


 棒や振り子を持ち歩き、その動きにより地底に隠れた水脈、鉱石――重要物資を探知する。この技能の使い手をもてはやすこと、特にフランスに於いて甚だしく。欧州大戦以前には、名うての見水家ダウナーを駆り集め、サハラ砂漠に送り込み、水を発見、緑化に資する一大ブランが政府によってぶち上げられたほどである。


 この潮流に、英国もまた局外ではいられなく。


 ダウジングの真価を見究めんと、多くが調査に乗り出した。


 真理を目指す探求者。わけても当該分野に限っては、ウィリアム・フレッチャー・バレット卿が有名だ。

 

 

William f barrett

Wikipediaより、ウィリアム・フレッチャー・バレット)

 


 心霊現象研究協会――SPRの創立に、深く関係した男。彼は実験場として、アイルランド――ただでさえ痩せ枯れたあの島の、しかも最も荒涼とした山岳地帯の傾斜面を指定した。


 植生の乏しさは、日本の山とは比較にならない。


 地上物から地下の様子を探るのは、極めて困難――限りなく不可能に近かろう。


 だからこそこの地が選ばれたのだ。


 招聘された見水家は、イングランドを拠点として活動中のストーン氏。榛の木を――二股に分かれたその枝のみを頼りとし、隈なく四辺あたりを調査する。

 

 

18th century dowser

Wikipediaより、木の棒によるダウジング

 


 暫くして、結論が出た。


「二箇所ある」


 具体的にどこそこと、細かな位置を指し示し、


「この二箇所の、深さ二十フィート内外に、豊富な水が潜んでいよう」


 わかりきった数学の公理を解説する講師のような、平坦そのものな口調で以って。


 つまりは些かの不安もなしに、断言してのけたのである。


 ばかりではない。


 ストーン氏は更に一ヶ所を拾い上げ、


「ここは何フィート掘ったところで、絶対に水が出ることはない」


 そんなおまけまで持たせるという、サービス精神を発揮した。

 

 

アイルランドの山岳風景)

 


 ほざいたるかな大言壮語、それでは早速掘削して実証を――とは、サー・バレット、焦らない。


 彼の重心はもっと安定したものだった。


 ストーン氏を労い、見送った後、更に別の見水家を現地入りさせ、同じ実験に当たらせている。


 むろん彼には、ストーン氏の調査結果は一言たりとも明かさない。


 この地で水を探すのは自分こそが第一号と、そのように信じ込ませておいた。小細工ではない。対照実験を行う上で、ごく当然の配慮であった。


 が、報告を受ける段ともなると、さしものサー・バレットも、顔面の筋肉が痙攣するのを抑えるのに苦労した。


 ぴたりと一致したからである。


 この二番目の見水家も、ストーン氏が指定したのと全く同じポイントに「水がある」と述べたのだ。


 流石に何フィート下かまで明言してはくれなかったが、それでも十分、驚異的な結果と言えよう。


 事ここに至り、サー・バレットは漸くのこと「答え合わせ」に踏み出した。


 穿孔機器が運び込まれて、ガリガリと忙しく稼働する。


 出た。


 二箇所だ。


 一つ目は深さ十六フィートで、


 二つ目は深さ十八フィートで、


 それぞれ豊かな水源に逢着してのけたのである。


 こうなると「絶対に出ない」と断言された三番目にも、穴を開けずにはいられない。


 費用と労力に糸目をつけず、一週間ほど彫り続けたが結果はスカ。ストーン氏の見解は何から何まで的中したと、これで証明されたのである。

 

 

 


 空恐ろしくなるほどの精度であった。


 が、この結果を前にして、それでもウィリアム・バレットは英国人たるを失わなかった。


 確かに驚きはした、感銘も受けた。


 それでもしかし、忘我の境には至らない。


 神秘への陶酔を撥ね退けて。あくまでも理性によって研ぎ澄まされた、鋭利至極な観察眼を向けている。

 


 見水家には吾々が普通概括的に直覚と称する一種の非凡な知覚力が働いて居るものであらう。此の非凡な知覚力は例へば遠くに棄てられた猫や鳩などが不思議にも帰家する場合の能力と同一であるらしく考へられるが、兎に角見水家の水に対する知覚力は意識を動かすまでには強大ではなく、唯だ僅かに一種の神経的の刺戟を起すのに充分強いのみであらう。其の刺激は吾れ識らず見水家の筋肉を動かして手に持った榛の枝を其の結果下に向けるものと思はれる。(大正十三年、赤澤義人『新しい発明及発見』83~84頁)

 

 

Allemanswiro

Wikipediaより、ダウジングロッド)

 


 実験結果をとりまとめ、やがて披露したこの見解は、ダウジング現象の解説として今日でもなお遺憾なく通用するほど精度の高いものだった。


 英国的だ。


 うまく言葉にできないが、とにかく英国的と書いておくより仕方ない、濃密な「何か」がここにある。

 

 

 

 

 


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