穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2022-05-01から1ヶ月間の記事一覧

夢路紀行抄 ―液体生命―

夢を見た。 神の御業の夢である。 最初はハンドクリームだった。 真珠を融かしたかの如く鮮やかに白いその軟膏を一掬いして、きゅっと掌(てのひら)に握り込む。するとどうだ、中でどんどん体積を増し、ついには指の合間から、河となって流れ出したではない…

末期戦の一点景 ―餓鬼道に堕ちたヨーロッパ―

戦争は次のステージに進んだ。 畢竟、勝利の捷径(ちかみち)は、敵国民の心を折って戦意を阻喪せしむるに在り、その目標を達成するに「兵糧攻め」――慢性的な食糧不足を強いるのは、大規模な空襲と相並んで極めて有効な一法である。 今日でこそありきたりな…

挑発には挑発を ―英国貴族と労働者―

「戦争は富める者をいっそう富ませ、貧しき者をより貧しく、唯一の資本たる健康な肉体さえ損なわしめた。金欲亡者がぶくぶく肥り、我が世の春を謳歌する蔭、祖国のために義務を尽した勇士らが、路傍で痩せこけ朽ちてゆく。諸君! こんな不条理が許されていい…

清冽な大気を求めて ―一万二千フィートの空の舌触り―

山形県東村山郡作谷沢村の議会に於いて、男子二十五歳未満、女子二十歳未満の結婚をこれより断然禁止する旨、決定された。 昭和五年のことである。 (昭和初期の山形市街) ――はて、当時の地方自治体に、こんな強権あったのか? とも、 ――なんとまあ、無意味…

遺恨三百 ―歳月経ても薄まらず―

憎悪は続く。 怨みは消えない。 復讐は永久に快事であろう。 幕末維新の騒擾がどういう性質のものだったかは、東征の軍旅が関ヶ原を通過した際、薩摩藩士の発揮したはしゃぎっぷりによくわかる。 「いよいよ二百余年前の仇討ができる」と喜び勇み、一行の中…

魂叫

貧は罪の母という。 その象徴たる事件があった。 姉による、弟妹どもの抹殺である。 (『江戸府内 絵本風俗往来』より、子供の盆歌) 主犯――長女の年齢は、事件当時十七歳。この長女が 「水遊びをしに行こう」 との口実で十歳になる弟と、十二歳の次女、二歳…

アンダマンの原始缶詰

またぞろ例の「竹博士」が喜びそうな話を聴いた。 そこは遥かなインド洋、ベンガル湾南東部。インド亜大陸本土から隔つること実に1300㎞東の彼方。翠玉を溶き流しでもしたかのように澄んだ海に囲まれて、アンダマン諸島は存在している。 「世界で最も孤立し…

濠洲小話 ―ファースト・フリート―

見方によってはアメリカ独立戦争こそが、オーストラリアの産婆役であったと言える。 (Wikipediaより、レキシントンの戦い) 一七七五年四月十九日、開戦の号砲が鳴る以前。イギリスからは毎年およそ千人前後の囚人が、北米大陸に送り込まれる「流れ」があっ…

ユートピアの支え

二十世紀初頭、排外的民族主義の骨頂はオーストラリアに見出せた。 白濠主義をいっている。 有色人種を叩き出し、かつ侵入を防遏し、彼の地を以って白人の楽土たらしめること。この至上命題を達成すべく、どれほどの知恵が絞られたのか。それについては以前…

黄金週間戦利品 ―掘り出し物はいいものだ―

久々に身の裡に慄えが走った。 まずはこれを見て欲しい。 昭和十一年刊行、『刀談片々』見返しに記されていた墨痕だ。 謹呈 自著 本阿弥光遜(花押) と読める。 日本刀で本阿弥といえば、少しその道を齧った者ならすぐにピンと来るだろう。 室町から続く研…