穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

天才、才能を語る ―盲目の箏曲家・今井慶松―

その少年は四歳で光を失った。 両眼失明という過酷な現実。あまりにも巨大な運命の重石が、小さなその背にいきなり振り落ちて来たわけである。 もしも私が、同じ境遇に置かれたならばどうだろう。果たして耐えることができただろうか。いや、考えるまでもな…

愚行欲求、脱線讃歌 ―自由な国の民のサガ―

エマーソン曰く、自由な国の民というは自己の自由を実感するため、意識的にせよ無意識的にせよ、時折わざと間違ったことを仕出かしたがる生物だとか。 正直なるほどと頷かされた。 ウィリアム・バロウズ――例の「薬中作家」(ジャンキーライター)その人も、…

英国印象私的撰集 ―エマーソンの眼、日本人の眼―

イギリスは、誰から見てもイギリスらしい。 前回にて示した如く、びっくりするほど多いのだ。十九世紀中盤に彼の地を歩いたエマーソンの見解と、二十世紀初頭にかけて訪英した日本人の旅行記に、符合する部分が凄いほど――。 たとえばエマーソンの時代、こう…

物狂おしきこの季節 ―杉花粉への憎悪が滾る―

鼻が詰まって頭がうまく回らない。 味を感じる機能の方も、低下の一途をたどるばかりだ。 ストレスはどんどん蓄積される。杉への殺意が抑え難くなってきた。春――この忌々しい、呪いの季節もいよいよ盛りというわけだ。 杉を地上に創造したのは悪魔の仕業と言…

包囲された都市のめし ―普仏戦争地獄変―

戦争の惨禍を蒙るのは、なにも人間ばかりではない。 物言わぬ動物も同様である。 以前私は、ハーゲンベック動物園の悲劇に触れた。欧州大戦末期に於いて、飢餓に苦しむハンブルクの住民は、かつてあれほど秋波を送った堀の向こうの動物たちを、もはや可憐な…

聖なる炎よ ―帝政ロシアのカルトども―

広い広い、際涯もないロシアの大地に出現した怪僧は、なにもラスプーチンばかりではない。 女帝エリザヴェータの治下に於いてもフィリポンと名乗る精神的一大畸形が登場し、怒涛の如く吐き出す鬼論で人心を幻惑、天下を聳動させている。 (Wikipediaより、女…

イレズミ瑣談 ―文化爛熟、江戸時代―

ドラゴンボールがいい例だ。 あるいはジョジョのいくつかと、らんま1/2も新装版はそう(・・)であったか。 これら少年漫画の単行本は、その背表紙が一枚絵になっている。優れた趣向といっていい。全部集めて書棚に並べ、完成したの(・)を眺めていると…

事を成すには ―大久保・伊藤、権勢の道―

――それにしても。 と、前回の流れを引き継いで、思わずにはいられない。 それにしても春畝公伊藤博文閣下とは、なんと豊富な逸話の持ち手であるだろう。 ひょっとすると「元勲」と呼ばれる面子の中でも最多なのではなかろうか。これはそのまま人間的襟度とい…

火事場の伊藤 ―紅炎迫る議事堂で―

最初はまず、臭いであった。 鼻を刺す――どころではない。「鼻の奥を抉られるような」厭(い)やな臭いがしたのだと、当日警備を担当していた橋口某は物語る。 警備といっても、民間企業の「雇われ」ではない。 彼の所属を闡明すると、「議院内派出所詰警部」…

真渓涙骨私的撰集 ―「千樹桃花千樹柳」―

涙骨の本は二冊ばかり持っている。 昭和七年『人生目録』と昭和十六年『凡人調』がすなわちそれ(・・)だ。 見ての通り、『人生目録』には函がない。 裸本で売りに出されていた。 まあその分、安価に買えたことを思えば文句の言えた義理ではないが。 構成は…