穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―亜大陸―


 夢の中では往々にして感覚器官が鈍磨する。


 特に舌はその影響が顕著であろう。


 今朝方とても、酒瓶ほどの太さを有するソーセージに齧りついていたのだが、何の味もしなかった。

 

 

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 そこはインドの料理屋で、いや日本にあるインド人が経営する店でなく、本当にあの逆三角の亜大陸の上に立つ、どのチェーンにも属さない、個人経営のこじんまりしためし屋であった。


 古い馴染みの友人二人と観光旅行の道すがら、たまたまこれを発見し、そろそろめし時、小腹も空いた、おあつらえ向きではないかねと、暖簾をくぐることにしたのだ。


 その結果、私は濡れた厚紙を延々咀嚼するかの如き拷問を味わわされている。


 そう、 されて・・・いる・・のだ。強制である。一度註文した以上、食べ残しは許されない。完食せずに席を立つのはこの店の重大なルール違反で、みだりに犯そうものならば、たちまちのうちに奥の店主が包丁振り上げ襲いかかって来るからだ。

 

 

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 抵抗という発想はなかった。


 店主の戦闘力が高いというのはシレンにせよトルネコにせよ不思議のダンジョン界隈では常識だし、よしんば返り討ちに成功しても、どうせ次にやって来るのは怒り狂った地元住民によるリンチであろう。


 抜け道はない。


 正攻法が唯一の生還手段と見るべきだった。


 友人たちはとうに食事を終えている。


 彼らの手元の、何も載せない白い皿に追い立てられるようにして、私はどうにかこの難局を乗り切った。


 青色吐息でよろばうように店を出る。すると連れの片方が、


「見ろ」


 巖頭に立つ預言者さながらの威厳で以って、すっと彼方を指差した。


「あれがカラコルム山脈だ」


 弾かれるように頭を上げると、なるほど確かに、白雪戴く峨々たる峰が延々連なり、地平線を埋め尽くしている。


 7000m超の高山を60以上も抱え込む、荘厳なる「世界の屋根」。南極、そして北極に次ぐ、「第三の極地」をこの眼で拝んでいるかと思うと、背骨に甘美な痺れが起きた。

 

 

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 だが、しかし、それにしても――何故ヒマラヤではなく、カラコルムを選択したのか。


 日ごろ目にする文字列は、前者の方が圧倒的に多いというのに。


 目覚めてからも、そのことばかりが不審であった。


 毎度々々のことながら、私は私の無意識に、首をかしげずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

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