夢を見た。
本を探す夢である。
舞台はどこぞの古本屋、それも床は打ちっぱなしのコンクリートに、照明は等間隔で吊るされた裸電球数個という、
カウンターに
久方ぶりに耳にするヒュムノス語――架空言語の旋律に、幽玄な気分をいや増されつつ。天井を摩する寸前の丈で聳り立つ書架の間をあてどもなくブラつき廻る。
そのうちに、一冊の書に吸い寄せられた。
濃厚な緑の装丁に、辞典と見紛うばかりの厚さ。たぶん、誰かの全集ものだったように記憶している。ぱらぱらと、暫し立ち読みに耽ったのち、私はそれを元の位置に納め直した。
(ちと
焦るなと、自分に言い聞かせたように思う。
埃っぽい店内にはまだ、未調査の本棚も残されている。そちらに更なる良書が秘め置かれているやもしれず、予算オーバーを避けるためにも、ここは一旦保留にするのが吉だろう――。
そんな算段があったのだ。
手に持って歩けと言われるかもしれないが、前述の通り甚だ厚い本である。店主が見かねて親切心を働かせ、
――預かりましょうか。
などと申し出てこられたら、もう買うしかないではないか。
その展開を自分は避けたかったのだ。
が、これが結局は墓穴を掘った。
例の全集以上に興味をそそる本なぞはついに一冊も見出せず、さりとて別に失望はなく、むしろ変に晴れやかな気分で足を動かす。この感覚は、RPGのダンジョンで分岐の先が行き止まりだった場合に抱く安心感に酷似している。
もっともそんな爽快感も、目的地に到達するや急速に萎む運命だったが。
無いのだ。
ものの十分か十五分前まで確かにここで立ち読みしていたあの本が、影も形もなくなっている。
はて、場所を間違えたかと周囲を捜索してみたが、梨の礫に変わりなし。こうなるともう、認めざるを得なかった。
(先に買われてしまったか)
具眼者は私ばかりでなかったのである。
当然の話だ。
その当然のことすら忘れ果て、油断したのが運の尽き。臍を噛んでももう遅い。畜生、なんたる失態だ。……
目が覚めても暫くの間、慙愧の念が拭えなかった。
先月二十五日以来、緊急事態宣言を受け、神保町の古書店はそのほとんどが休業状態――さても寂しきシャッター通りと化している。
募りに募った欲求不満が、凝ってああいう夢を見せたか。せいぜい正夢にしないよう、今のうちから戒心しよう。
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