穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

石黒忠悳の座談術 ―「兵役逃れ」への対処―

 

 義務はなるたけ回避して、権利は最大限に主張する。どうもそれが、近代式の「賢い生き方」というヤツらしい。


 さる子爵の一門も、ご多分に漏れず賢明に生きようと心がける人々だった。


 この家の次男坊の年齢が、もうじき二十歳に達せんとしたときである。二十歳になれば当然国民の義務として、徴兵検査を受けることを余儀なくされる。下帯までひん剥かれ、あの手この手で身体の具合をすみずみまで検査され、兵隊としての資質の有無を判定されるこの儀式。

 

 

Examination for conscription in Japan

 (Wikipediaより、徴兵検査の様子)

 


 下手に優良――甲種合格でも貰ってしまえば、よほど運に恵まれぬ限り入営はほとんど不可避とされた。向こう二年、自己滅却の軍隊生活が待っている。


(冗談ではない)


 そんな貧乏くじを引いてたまるか――ごく自然な人情の発露であったろう。


 よほど旺盛な愛国心の持ち主か、閉鎖的な郷里からの脱出を一途なまでに祈念する貧農の子息ででもない限り、望んで受かりたい代物ではない。


 ところが今改めてこの次男坊を眺めるに、筋骨の発達ぶりといい、眼鏡要らずな高視力といい、親の贔屓目を差っ引いてみてもあからさまに甲種合格を遂げそうな「仕上がり」なのだ。


(しかし、なあに、やりようはある)


 兵役逃れの手段は多い。一般家庭の生まれであれば醤油をラッパ飲みしたり、大事な指を切断したりと、そのあたりがおそらく関の山であったろう。


 むろん、子爵の次男坊ともあろう御方が、そんな苦痛と引き換えの手段を採る筈もなく。


(みておれ、我ら華族のやり方はこうぞ)


 父親は、鼻薬をきかせることにした。


 相手は当時の軍医総監、陸軍内の軍医人事を一手に掌握する男、石黒忠悳ただのりその人である。

 

 

Ishiguro Tadanori

 (Wikipediaより、石黒忠悳)

 


 人事権というものがどれほど権力を生じさせるもとだね・・・・たるかは、敢えて喋々するまでもない。石黒を抱き込むことに成功すれば、検査を行う医師どもに思い通りの報告を書かせることなど朝飯前に違いなく、子爵の作戦は正着といえた。


 折衝役には世知に長けた家令を撰び、石黒邸に派遣する。果たして幸先の良いことに、お目通りにはごくあっさりと漕ぎ付けられた。


(ここからが腕の見せ所だ)


 なにしろ相手は佐賀の乱にも西南戦争にも従軍し、山縣有朋大山巌――長薩両派のトップともそれぞれ親交を深めている文句なしの大物である。
 その人間的迫力に圧倒されず、あくまで主人の命を全うすべく、忠僕は腹に気合を入れ直す。


 時候の挨拶もほどほどに、


「実は手前やしきの御次男様が」


 よどみなく本題を切り出しにかかる。


「今年適齢で、徴兵検査をお受けになりますので、どうか閣下の御尽力で、そこのところを何とかよろしくお取り計らい願いたく、本日は罷り出でました」


 そう言って、持参の包みをうやうやしく差し出す家令。中身は無論、山吹色の菓子――加藤高明の表現を借りれば「珍品」が納められている。

 

 

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(さあどうだ)


 家令の経験からして、こうした誘いに一度で「諾」と言う者は稀だ。皆なんとかかんとか耳ざわりの良い道義論を持ち出して、一旦は固辞する姿勢を示す。


 頑なに見えるその外殻を、しかしどのように蕩かして、柔かな本心を剥き身にするか、彼はよくよく心得ていた。言ってしまえば、交渉とは断られてからが本番なのだ。


 ところがこの忠僕の事前予測は、ごくあっさりと覆された。如何にも感じ入ったという風体で、


「ふむ、ふむ」


 大きく頷く石黒忠悳。
 篤実な田舎の農夫が如き天真爛漫なその所作に、


「あっ、御承知願えましたか」


 つい釣り込まれたのが迂闊であった。


 あくまでも上機嫌を崩さないまま、しかし次に石黒が見せた「返し」というのは、ほとんど日本人離れしているほどに機智にあふれた業だった。


「いや、華冑の身を以って国家のために一兵卒としてお尽くしになろうという御志、まことに敬服いたしました。体格の如何で決まりますので、採否の権は一切検査官にありますから、お請合いは出来かねますが、折角のお頼みゆえ、拙者もなるべく御合格になるよう御尽力致しましょう」


(――しまった)


 血管に氷水を流し込まされるほどの戦慄だった。これならばまだ真正面から、


「こともあろうに、国民の模範たるべき一門に生まれて兵役逃れを企むなどとは不心得千万、あんたにしても、御次男様の合格を祈られるのが当然ではござらんか」


 とどやしつけてくれた方がましだった。それならそれで、


「それは承知しておりますが、なにぶん大切な御次男様、そこを何卒、なにとぞどうぞ」


 と拝み倒しに倒すなりなんなり、やりようはいくらでもあったのだ。


 が、こうもするりと躱されて、まんまと裏をかかれては。


 いまさら「話が違います」などと駁論できようはずもなく、石黒の現出せしめたこの雰囲気にひたひたと添うよりほかになかった。

 

 

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小泉癸巳男 「陸軍射撃場」)

 


 丸い卵も切りで四角、物も言い様で角が立つ。


 口は禍の門、舌は禍の根といって、古来より言葉の危険性を強調し、ついには沈黙を以って最も賢しとするに到った日本人。


 その観測は、あながち間違いとも言い切れない。しかしながら多くの化学物質がそうであるように、善用する手段さえ十分に心得ているのなら、むしろ危険物であればあるほどより多くの利益を齎してくれるのが世の常だ。


 斯かる道に於いて、石黒忠悳は紛れもなく達人だった。

 

 


 黒船来航以前の旧幕時代に生まれ落ちたこの人は、昭和十六年四月二十六日大東亜戦争開戦の年まで長寿を保つ。


 享年、96歳。大正の御代に子爵に叙された石黒だったが、彼の没後、遺族は襲爵手続きを行わず、同年十月に華族たるを喪失している。

 

 

懐旧九十年 (岩波文庫 青 161-1)

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  • 作者:石黒 忠悳
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