夢を見た。
死者と話す夢である。
祖母の墓に詣でるために山奥の実家に向かったところ、なんと遺骨壺に納められたはずの祖母その人が、玄関口で
「てっ、よく来たじゃんけ」
と大層賑々しく出迎えてくれたからたまらない。
視界がくるめくような戸惑いに襲われはしたものの、それも一瞬で過ぎ去って、気付けば私は招かれるまま奥の部屋にて出された茶を飲んでいた。
幼少の私を一言にて表すならば、「虚弱体質」これこの通りに尽きるだろう。事あるごとにすぐ熱を出し、医者の厄介になった回数は数えきれない。そんな時、共働きの両親は、私をよくこの祖母の下にあずけていった。
何処に目を向けようと、一つとして古い記憶を刺激しないものはない。細かな調度品にさえ、なにかしらの思い出が滲みついている。ともすれば布団に包まる小さな私を幻視しかねないほどに、甘い感傷をそそられた。
そんな空間の只中で、祖母と四方山の話をした。
内容をハッキリと思い出すことはできないが、おおむね私が叱られているような調子だったように思う。
二階に上がる階段の先から、大勢が言い騒ぐ声が聞こえる。
どうやら私以外にも訪れた客がいるようだ。
窓の外の風景も、にわかに暗くなってきた。
そろそろ帰る頃合いかと腰を上げ、いつもの慣習に従って、また来るよと再訪を約し出て行こうとしたところ、
「いやあ、これが最後だよ」
底抜けに朗らかな声でそう言われたものだから、伸ばしたばかりの私の膝が、危うくかくんと折れかけた。
肺がぺしゃんこに折り畳まれて、中の空気が全部外に押し出される――そう錯覚するほどに、衝撃的な言葉であった。
(ああ、この人は知っている)
何をか、などと敢えて論ずるまでもないだろう。
祖母が既に地上に亡いこと。
及び、その葬式の日の光景。
そうした数多の情報が、まるで山津波の如く、ひとかたまりになって私の脳裏に押し寄せてきた。
何かを言わなければならない。
そんな心細いことを言わずに、とか、気をしっかり持って、とか、とにかくそういう何事かを。
が、そうした理性の訴えとは裏腹に、私の口をついて出たのは、
――名残り惜しい。名残り惜しいよ、俺は。
せきあげるように、そう繰り返すのみだった。
べつに今日は祖母の命日でもなんでもない。
にも拘らず、何故あのような夢を見たのだろうか。つくづく不思議の感に堪えぬ。
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