穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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続・文明堂と帝国海軍 ―軍縮をきっかけとして東京へ―

 

 宮崎甚左衛門が人に使われる立場から、人を使う立場に移行したのは、大正五年十月二十五日のことである。


 この日、彼は佐世保の街に文明堂の支店を開いた。


 一国一城の主になったのである。男としての本懐であろう。それはいい。ここで疑問とするべきは、


 ――何故、佐世保を選んだか。


 ということだ。


 実のところこの判断の背後にも、海軍が大きく関係している。

 

 

Port of Sasebo viewed from Mount Yumihari

 (Wikipediaより、佐世保湾

 


 半年前のことだった。春爛漫たる佐世保の港に連合艦隊が入港すると小耳に挟んだ甚左衛門は、すわ商機ぞと一念発起、担げるだけの品を担ぎ、現地に向かって急行したのだ。


 むろん、紹介も何もあったものではない。


 ただもうひたすら当たって砕けろ討ち死に上等の精神で、サンパンと呼ばれるはしけ・・・を操り、碇泊中の軍艦に片っ端から乗りつけるのである。その動きを上空から俯瞰すれば、まるでこまねずみのように忙しなかったことだろう。


 ところが奇蹟が起きてしまった。


 文明堂のカステラは文字通り飛ぶような売れ行きを示し、初日だけで二百数十斤を売り捌くという大戦果を挙げたのである。


 従来の最高記録レコードを倍以上も塗り替える快挙であった。


 むろん、甚左衛門の得意ときたら尋常ではない。


 彼はまったく有頂天になってしまった。雀躍りして喜びながら、


 ――ここだ。


 と、叫び上げたくなるほどの力強さで思ったらしい。

 


 私は、いつかは独立して店を持ちたいと、その機会をうかがい、また適当な土地を探していたのだが、この外売の好成績によって、すぐさま意を決した。佐世保だ! ここに店を持とう。ここなら見込みがある――(『商道五十年』59頁)

 

 

Naval Ensign of Japan

Wikipediaより、軍艦旗

 


 前回の末尾で触れたような蜜月関係を海軍との間に構築するのも、至って自然な流れであろう。甚左衛門はそのうちに、各地の水交社にも出入りして商品を納めるようにもなった。


 水交社とは、海軍士官・将校のために設立された社団法人のことであり、その主たる目的は懇親・研究・共済にあったというから、まあ一種のサロンとでも考えておけば差し支えはない。


 たくましい海の男たちが文明堂のカステラに舌鼓を打ちながら、天下国家を論ずる光景を想像すると、気分はそう悪くない。文明堂発展の基礎には、間違いなく彼ら海軍軍人の愛顧があった。


 そしてそれは、甚左衛門の東京進も同様である。


 彼が中央に打って出ようと意を決した直接的なきっかけは、まこと驚くべきことに、ワシントン海軍軍縮条約にこそ見出せるのだ。

 

 

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 米・英・日の主力艦保有比率を5:5:3に制限するこの条約の締結で、甚左衛門は佐世保の街の衰退を感じた。佐世保の人口は当時十二万人、そしてこの十二万人悉くが、何らかの形で海軍の恩恵を受けて生活している。佐世保は実に、鎮守府を中核とした街なのである。


 それだけに海軍勢力の消長は、街の盛衰にもろ・・に反映されざるを得ない。


(このままここで頑張っていても、徐々に先細ってゆくだけだ)


 危機感に苛まれざるを得なかった。


 もっとも甚左衛門の危惧というのはからりとしていて、じめじめと暗がりに沈湎するような向きには行かない。彼はみずからが直面したこの危機を、


 ――神仏のお手引きであろう。


 と、割り切って考えることにした。いよいよ中央に乗り出して、カステラ専門でゆく決心をつけよと、試練を設置することで態々示してくれたのだ。……


 このあたり、父の教育は成功したといっていい。

 

 

Sasebo Naval District Headquarters

 (Wikipediaより、佐世保鎮守府庁舎)

 


 ところが、である。


 ここにひとつの滑稽がある。軍縮条約の締結と、それが佐世保の街に及ぼす影響の甚大さというものを、甚左衛門ほどの深刻さで測れた者が他に誰もいなかったのだ。


 特に妻の眼を通して視れば、夫は天の落下にひもねす怯える中国古代杞の人となんら変わるところがない。


 果然、大反対して憚らなかった。


 このとき両者が交わしたやり取りが、なんともふるっていて面白いのだ。

 


「いままで、この土地で苦労して、やっとこれまでなったのに、――田舎ものが東京に出てもとてもむこうの人と太刀打ちはできませんでしょう」
「なにを言う。十年近くも添っていて、おれの手腕がわからんのか――」
「あなたの手腕はようわかっています。わかっていますが、東京に出て成功したとしても、なにも金の飯をたべるわけじゃなかろうし、やっぱり一升五十銭の米しか食べないのでしょう。ここで、今までどおりやってゆけば、食べて、飲んで、着て、いくらかづつでも残ってゆくじゃありませんか」
「それだけじゃ済まされんのが男の気持だ。ここじゃ一生やったって知れてるじゃないか」
「それなら、あんただけで行きなさい。私ゃここで、この店をやります」
「まあおれの腕を信用して、ついてこい」(75~76頁)

 


 なんとまあ気持ちのいいきっぷの利かせ方であろうか。


 この短い会話の中に、男女の考え方の違いというのが凝縮して詰め込まれている。まこと、男と女というのは同じ人間でありながら、全然別のいきものだろう。それぞれ持っている世界が違う。


 ――だから男は、女と付き合わなくちゃあ駄目だ。


 でなけりゃ世界が広がらん、と。


 そう説教してくれたのは、他ならぬ筆者の祖母だった。


 若気の至りで「生涯未婚」を口にした私に、


 ――何を言っとるだ。


 と、年季の入った甲州弁で思い切り雷を落としたのである。既に八十を越えた身体でありながら、その語気の烈しさときたら物凄く、私は粗相した犬のように粛然としてお叱りを受けるしか仕様がなかった。

 

 

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 それがどれほどの卓見か漸く理解が追いついたとき、惜しいかな、既に祖母はこの世の人ではなくなっていた。


 まあ、それはともかく――。


「あんただけで行きなさい」と突っぱねた甚左衛門の奥方も、最終的には承知して、大正十一年二月四日、共に上京の途に就いている。


 そして翌年九月一日発生した大震災で、夫婦仲よく焼け出された。


 このとき甚左衛門が必死に担いで逃げたのが、月賦で買ったナショナル・キャッシュ・レジスタに他ならなかった。1650円の月130円払いで購入したものであり、完済もまだ先だったという。

 

 

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