穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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魅力的な密造事業 ―敗戦直後の闇煙草―


 犯罪ではあるのだが、否、むしろ犯罪であるがゆえにこそ。


 密造という行為には、妙に浪漫を掻き立てられるものがある。


 敗戦直後、苛酷なまでの課税によって価格が鰻登りに高騰したのはなにものみに限らない。


 煙草もまた同様だった。


 具体例をとって示そう。ここに白黒広告がある。例によって例の如く、昭和二十六年の『酒のみとタバコ党のバイブル』に掲載された代物だ。

 

 

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 二段目に着目していただきたい。「ピース」十本入りが五十円。ラーメン一杯二十五円のご時勢に、たった十本で五十円だ。この時点で馬鹿にされているようなものだが、更に内訳をたどってみると、なんと四十円九十二銭が税金から成っている。


 全体の、実に八割以上の数字であった。


 闇が栄えぬわけがない。


 現に栄えた。


 流れは大別して二つ。


 一つは沖縄方面から船に乗ってやって来る洋モク派。こちらは単に既製品をドラム缶なり木箱なりに詰め込んでどこぞの港に陸揚げするだけの作業だから、はっきり言って面白味はあまりない。


 せいぜいがリンゴの箱がいちばん好んで使われたとか、その程度のものだろう。


 私が興味をそそられたのは、残る一方。国産品の闇煙草に関してだ。


 業者はまず、宇都宮・福島・茨城あたりの煙草農家に渡りをつけて、原葉を一貫千円程度で仕入れることから開始する。

 

 

Sušenje duvana u Prilepu 2

 (Wikipediaより、乾燥中の煙草)

 


 この原葉を、利根川の流れを利用して東京へと密輸して、秘密の地下工場まで運び込む。


 職人たちが待ってましたと腰を上げ、刻み、巻き上げ、包装し――一貫の原葉から、ざっと四百個の包みが出来上がったということだ。


 完成品はだいたい一個二十円の相場によってブローカーに卸される。首尾よく全部捌けたならば、八千円の収益になる。


 なかなかの儲けといっていい。


 犯す危険に見合うだけの価値はあろう。


 そこから更に消費者の手元に届けられる時分には、値段は三十円まで上昇している。


 しかしそれでも、まだ大抵の正規品より安いのだ。


 味もいい。


 正規品に劣らぬどころか、下手をすれば凌駕する。


 もてはやされて当然だった。

 

 

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(『ゴーストリコン ワイルドランズ』より、コカインの密造工場)

 


 一説によれば、昭和二十六年時点で闇煙草の流通規模は二百億円近くにまで増大し、当局はこれを取り締まるべく、四億円の費用をかけて監視の目を光らせた。


 が、実際に網にかかったのはせいぜい総体の一パーセント、二億円程度に過ぎなくて。


 あんまりにも割に合わない、悲惨な結果を呈したという。


 事態を受けて日本専売公社初代総裁、秋山孝之輔その人は、


「どうしても専売公社が安くて品質のよいものを造るよりほか対抗手段はありません」


 と、王道至極な対応策を前面に掲げ、意気を示した。


 が、結局はこれも酒と同じく、税率を見直さない限り、如何ともし難い問題だったに違いない。

 

 

JTSPC Tobacco and Yomiuri Shimbun board

 (Wikipediaより、日本専売公社時代のホーロー看板)

 


 この税制がらみの記述については『酒のみとタバコ党のバイブル』中、至るところに散見されて、いかに世間の関心を集めていたかが窺い知れる。


 わけても土屋清なるジャーナリストの概説こそがもっとも簡明、且つ軽妙に出来ているため、最後にそれを引用し、ひとまず今日のところは終わりにしよう。

 


 二十五年予算において酒税収入の総額は千三十億三百万円に上り、所得税の二千四百八十六億円に次いで第二位を占めている。これは歳入総額六千六百十四億円の約六分の一に当たるというから、大変なものである。これだけの税金を負担しているから、どうしても小売価格は高くならざるを得ない。清酒特級一升は千百七十五円であるが、そのうち七百二十六円は税金である。つまり約八割は税金を呑んでいるわけだ。(中略)
 つぎに煙草はどうか。煙草には酒税のような税金というものはない。それは煙草が政府の専売品であって、その専売価格の決め方により、相当の益金があるからだ。この専売益金が事実上税金と同じものである。
 それでは一体どれだけの煙草の専売益金が今年の予算に計上されているかというと、総額千二百億円である。酒税より百七十億円多く、歳入総額の五分の一に当る勘定だ。(中略)日本の酒呑みと煙草喫みは大いに威張ってよろしい。国家の歳入総額の三分の一は彼らが負担しているからだ。これは世界でもあまり例がないだろう。(212~213頁)

 

 

 

 

 


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