穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

ダンボール以前 ―流通小話―


 四十五億五千万ボードフィート。


 我々にとって身近な単位に置き換えるなら、一〇七三万六八〇四立方メートル。


 学校に併設されている二十五メートルプールの規模は、およそ四二〇立方メートルが一般的と聞き及ぶ。するとこれを収容するには、ざっと二万五千個以上のスクールプールが要るわけだ。


 それだけの量の木材が、ただ商品を梱包し、輸送の便を図るためにのみ消費つかわれた。

 

 一九一八年、中米諸国一帯に於ける統計である。

 

 

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(メキシコ、ヴェラクルス港の関税)

 


 これに比すれば、家具の製作に充てた木材など五分の一、造船用に至っては二十五分の一に過ぎない。


 何百、否、何千年の歳月をかけ繁茂した、彼の地の豊かな原生林は、主に木箱になるために、次々斧を加えられたわけである。


 にも拘らず、と言っていいのか。


 この夥しい木箱の山は、必ずしも中身の品を防護しきれはしなかった。輸送中に破損事故を起こすこと、また頗る膨大で、ある年など一億五百万ドルもの請求が、賠償金の名目で鉄道会社に叩きつけられたほどである。

 

 

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 中米諸国一帯だけでこのザマだ。


 規模を全世界まで拡大すれば、いったいどれほどの額に及ぶか。とても想像しきれない。


 現にこういう報告がある。第一次世界大戦中、米陸軍では被服類を輸送するのに破損が多く、現地から苦情が殺到したため、急ぎ慌てて包装に改良を施した。ただそれだけで、従来の運賃から一気に五千万ドルを節約したと――。

 


 産業の大規模な発達に連れて其の製品の荷造りを掌る包装事業も重要な位置を占め、今や米国などにては多数の工場が荷造り専門の技師を重用して居るのみならず、或る二三の会社の如きは其等技師の研究を便利にするのに研究所を特設して居ると云ふ。(中略)其の荷造り研究所に於ては凡ゆる工夫を凝らして造った箱を高所から落としたり、叩いたりして試験して居る。さうして試験した結果を見ると一本の釘を箱に打つのもなかなか漠然たる仕事ではない。(大正十三年、赤澤義人著『新しい発明及び発見』371~373頁)

 


 ダンボールの開発・普及が流通史上に、如何に革命的な出来事だったか。


 今更ながら実感せずにはいられない。

 

 

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(材木の輸送)

 


 大量生産・大量消費の現代社会が出来上がるまで、どれほどの失敗を積み重ね、どれほどの犠牲が払われたのか。


 それを探るのも面白い。この文明がどこへ行くのか、考察の一助にもなるだろう。


 現在は過去の集積であり、その突端である以上、黒が白になるような唐突な変化は、到底望み得ないのだから。

 

 

 

 

 


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