穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

火口に向かってホール・イン・ワン ―スポーツ好きの下村海南―

 

 今でこそ鎮まっている阿蘇山であるが――いや、果たして鎮まっているのだろうか、あの山は? 2014、15、16年と立て続けに噴火して、つい二ヶ月前にもまたぞろ噴煙を200メートルの高みにまで立ち昇らせて、未だに警戒レベルが「2」のままなあたり、とても「鎮まっている」とは言い難いように思われる――とまれ、上海に散った米村大尉


火の国のあそのけぶりの立たぬ日も
君を思はぬときあらめやも


 と詠じた通り、昭和前期に於ける阿蘇山の活発さときたら、現在のそれを更に凌駕したものだった。
 ほとんど毎年のように火を噴いて、厚く積もった火山灰が農作物の発育を阻害するわ、観光客が噴石にぶち当たって死体になるわと、その都度ひどい騒ぎを演じたらしい。


 特に昭和十年はエネルギーが有り余っていたらしく、一、五、六、八、十月と、おおよそ二ヶ月に一回のペースで爆発している。左様に煙が立ち昇っているのが日常風景と化していたればこそ、米村大尉は「あそのけぶりの立たぬ日も」と、そのことを例外化して詠んだのだろう。


 ――その昭和十年に。


 現代ならば間違いなく入山規制が敷かれるだろう状態の阿蘇山に登り、火口めがけてブリヂストンのゴルフボールを、6番アイアンで以ってして景気よく打ち込んだ男がいる。


 玉音放送をプロデュースした男、法学博士、下村海南その人である。

 

 

f:id:Sanguine-vigore:20190607171944j:plain

(下の写真、ゴルフクラブを掲げているのが海南)

 


 この年の晩春、彼は九州から沖縄にかけてゆるりと紀行を愉しんでいた。


 その途中で熊本にも寄り、阿蘇国立公園期成会創立者松村辰喜と面会し、同山について四方山の話を聞いている。

 会談中、海南が特に興味を惹かれたのは、何故阿蘇山には三原山と違い、投身自殺者が少ないか――その理由についてに他ならなかった。

 


 阿蘇の中岳の五の噴火口中、今第一火口が一番景気よく濛濛たる土色灰色の噴煙をあげてる、第二火口は白く青い煙? いや、水蒸気をあげてる。
 一寸見るとさして深くも広くもないやうだが、第一火口の直径六百メートル、深さ百二十五メートルあるといふ。中程で大きな段になってゐる。だから投身してもよく途中に引っかかるのである。(『プリズム』324頁)

 


 なるほど折角勇気を振り絞って断崖の向こうへ身を躍らせても、火口に入れないのでは甲斐が無かろう。自殺者達は溶岩に跳び込み、一瞬で跡形もなく消え去りたいのだ。それでこそ彼らの詩的情念は満足される。そんな要求からすれば、阿蘇はまったく不合格な山だった。


 火口はよほど遠くにあるらしく、思い切り石を投げても届かない、と松村老は続ける。そこで海南一行のある者が、


 ――では、ゴルフボールならばどうでしょうか。


 と声を上げた。
 ある種の自然主義者が聞いたなら、「なんと不敬な」と顔をしかめそうな問いであったが、松村老はその手のロマンティシズムと、どうやら無縁であったらしい。


「誰もまだしなはりまっせん、いっちょして見なはりまっせ」


 そう言って鷹揚に頷いてくれた。
 第一打は、むろん一行の中核たる海南の手に。
 この下村海南なる男、実はもともとひ弱に生まれついており、子供の頃には診察した医師の口から


 ――この子は十五歳位までしか生きないだろう。


 と半分死の宣告めいたものまで受けたほど。それだけに健康には人一倍気を遣い、特にスポーツに熱中するよう自己に命じさえしたものである。


 還暦を過ぎた昭和十年ともなれば、その腕は一角のものになっていた。


 球は見事な弾道を描き、遥かに飛んで濛々たる煙に没した。


「ほんにああた、いさぎう飛ばしなはったい」


 そのような称賛が、見物人から送られたという。

 

 

 


 ゴルフの球を打っていきなりホールにはいるとホール・イン・ワンといふ、とても縁起のよいことにしてある。我等のショットもまさしくホール・イン・ワンである、勿論こんな大きなホールへはいらなかったらそれこそどうかしてる。何分噴火口が馬鹿に大きいのだから、那須の与一が狙った扇の的とは違ひすぎる。ホール・イン・ワンではない、ボールイン・ファーストとして記念にしておく。(325頁)

 


 皮肉混じりに謙遜する海南であるが、内心この遊びがよほど気に入ったらしく、後に登った韓国岳にもやはりアイアンを携行し、火口めがけてゴルフボールを打ち込んでいる。


 正直、その気持ちはよくわかる。こち亀でも両津勘吉が似たようなことをやっていた。


 好好爺とは海南の如きを言うだろう。人間、いくつになっても童心を忘れないのは重要だ。

 

 

 

 

 


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
 ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ