メキシコ。
血に
殺人、強盗、誘拐、密輸。拷問、処刑も付け足していい。そして勿論、麻薬もだ。この名前から呼び起こされるイメージは、邪悪を煮詰めたモノばかり。それが正直な心情だ。マラカス振って陽気に踊り、タコスを頬張るなんてのは、よほど皮相な感がする。
形としては山羊の角に酷似した、彼の地の治安が半分破綻に瀕しているのは、べつに昨日今日はじまった危機でないらしい。サラザールによる独裁以前、政情不安の極みにあったポルトガルの賤称が、
――ヨーロッパのメキシコ。
だったという一事だけでも、おおよそ察しがつくだろう。
事実、そのころ記された紀行文やら概説やらを捲ってみても、ロクなことが書かれていない。「殺伐」とか「不毛」とか、その種の単語が絶対的に含まれる。
大村一蔵に例を引こう。
(メキシコの油井)
で、結果として、こういうことを書いている。
「何人もメキシコは牧畜の盛な国と想像するに相違ない。事実は反対で、家畜の数は国内の需要を充たすに足らず、多数の家畜、多数の精肉、塩肉乃至缶詰の輸入を見てゐるのは案外である。また、所謂酪農業、即ちバター、チーズ及びラード等の製造業も発達せず、これまた輸入にまってゐる状態である。地勢並に気候の点から見て、国内には牧畜に好適な区域が極めて多い。それにもかゝわらず牧畜の不振はおそらく国内の秩序乱れ易いこの国では、家畜類が最も略奪の目標となり易いことが、主な原因であらう。それ故、政局安定し、国内の鎮静が永続すれば、この国の牧畜業は自然に発達するに相違ない」
なにやら現下のアボカド農家を彷彿とする物言いだ。
あの「森のバター」に関しては、世界市場で流通している四割超の生産をメキシコ一手で担っているそうである。
文句なしの最大手。しかしながらそれだけに、農場主らは「たっぷり金を貯めこんでいる」と看做されて、よくカルテル等ならず者らのターゲットにされるのだ。成長しようとする国の、足を引っ張る治安の悪さ。百年前から相も変わらぬ構図であった。
(Wikipediaより、収穫直後のアボカド)
「嶮峻の山嶽、沙漠、不毛の高原は国の大部分を占め、人烟極めて薄く、
これが大村一蔵の、言ってみれば総括だった。
実際に現地入りした経験とてもあったのだろう。そうでなければちょっと書ける文面ではない。日本人の足跡は、存外古く、世界中の至るところに刻印されているものだ。
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