むかし、豚の解体を観た。
直接ではない。ブラウン管のテレビ画面を通してだ。中学生の頃であったか、道徳の時間にドキュメンタリーを流したのである。
ドイツ某所で平和に生きるありきたりな家族らが、飼育していた豚を潰して食糧に――
映像の中、豚が流す紅血を、ドイツ人らは金属製のタライに溜めていたはずだ。なにやら棒で撹拌し、凝固するのを防ぎつつ、あとでミンチに注ぎ混ぜ、ソーセージの中身に使う。番組の題を「一滴の血も活かす」と銘打ったのはこれゆえかと深く得心したものだ。
だがしかし、屠殺過程で流される血の利用手段は、なにもアレのみに限らない。限らないと最近知った。乾燥させて肥料にもなるそうである。血粉という。窒素分を豊富に含む。その詳細な製法が、昭和初頭の百科事典――『萬有科学大系』――にあった。
せっかくなので引いておきたい。
家畜体の一割内外を占むる血液は、屠殺後出来る丈排除して肉味の向上と腐敗の遅延をはかるので、其産出量も少くない。(中略)血液は其侭腐敗せしめて肥料にすることもあるが多くは血粉に製造する。血粉の製法は血液を撹拌してトロンバーゼ(酵素の一種で血液を凝固せしむる作用のあるもので、血液中に存在してゐる)の作用で血球を凝固せしめ液部を分ちて乾燥するもの、或は硫酸を用ゐて血清を分ち血餅のみを乾燥したるもの及石膏、石灰、泥炭等を加へて直ちに乾燥するもの等がある。
書き手の名前は平尾菅雄、東京帝大農学部農芸化学教室所属の農学博士。かつてのヤクルト副社長と同姓同名ではあるが、いったい関係があるのか、どうか。
その点、確証になりそうな何物をも見付けられない。
更にまた、平尾は注目すべき農法を書き残してくれている。
豚コレラやら鳥インフルやら、疫病により大量死した家畜の屍体。
現代でこそ穴を掘って埋めるしかないあの損失も、過去にはまだまだ用途を附与され、活用されたものらしい。
欧米の様に畜産業の盛んな国では、病畜の利用法として屍体を適当の大きさに切断し、四~五%の硫酸を加へ二~三気圧下に煮沸し、上部に浮ぶ脂肪は石鹸工場に送り、残部を乾燥して粉状となし肥料に供してゐる。之はドイツ、南米、濠州等で盛んに行はれてゐるものであって、屍体全部を処理して作ったものであるから屍体粉と呼んでゐる。
(オーストラリアのコンビーフ工場)
人間は何を食らってきたか。
その食べ物は、どのように生産されたのか。
少年の日より一貫して変わらずに、我が血、我が胸を湧かしてくれるテーマであった。
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