――おそるべきことに。
酔っ払いたさに工業用アルコールを
我々日本人も同様だった。
いわゆるバクダン焼酎である。敗戦直後の短期といえど、それは確かにあったのだ。
「なにもかも酒手の暴騰が悪い」
昭和二十六年という、まさに事態の渦中にあって声を上げたは松山茂助。
ドイツ留学の経歴をもつ醸造学者で、やがてはサッポロビールの社長にまで登り詰める才物である。
彼は言う、昭和十年を思い返してみるがいい――。
「あのころビール一本の値段はものの三十三銭で、そのうち税金は八銭九厘に過ぎなかった。それがどうだ、今日では百三十二円にまで跳ね上がってる。しかもそのうち百二円十四銭までが税金である。十五年で、実に千四百十七倍だ」
狂気の沙汰といっていい。
こんな税率では、よしんば購えたとしても馬鹿馬鹿しくてとても美味くは呑めないだろう。
「敗戦国財政の現状だから止むを得ないこととは云え、あまりにも過大である。これは国家財政の立ち直りと共に一日も早く、大幅に減税されるべきものである」
至極もっともな提言だった。
これが記載されているのは、『酒のみとタバコ党のバイブル』なる古書。
特集雑誌『自由国民』の別冊として発行されたものだった。
本書に於いて酒手の高騰を述べているのはひとり松山ばかりではない。バーテンダー協会理事の浜田昌吾も、ジョニーウォーカーの黒一本に三千円の値がついたことを報告している。
当時の高卒公務員の初任給の八割方を吹っ飛ばすに足る勘定だ。
その日暮らしの筋肉労働従事者が口にするなど夢のまた夢。
斯くの如く、正規品が高価に過ぎて入手困難である場合、闇市場が発達するのはもはや自然の作用といえた。
非常に多くの密造酒が人目を忍んで醸されたということである。
品質はピンからキリまでで、いい品は本当に素晴らしい。成分を化学分析してみても正規品と見分けがつかぬと、当局をして歎ぜしめたほどである。
が、それと釣り合いを取ろうとでもするかのように――悪いのは本当に悪質だった。
わけても最悪と呼ぶに足るのが、冒頭に掲げたバクダン焼酎。工業用アルコールを原料とする、名前自体がもう既に、焼酎への冒涜としかいいようのないシロモノである。
なんでこんな危険物を呑まねばならないかというと、偏に安いからである。以下、詳細な説明は国税局鑑定官・芝田喜三代の記述に譲る。
工業用アルコールは、免税になります。免税にする前には色々気分の悪くなるような薬品を投入して不可飲処置とします。元は上等のアルコールなのです。ところが之が用途によってメチル、硫酸、エーテル、石油、ホルマリン色素等、数々の薬品を投入します。こうしたものを変性アルコールと云います。免税後は焼酎に換算すると一升で僅かの四五円位になってしまいます。之では現在の焼酎の十分の一の値段です。
この恐ろしいアルコールを、手を加えて素人には判らない程度に精製して販売します。変性と云っても完全に変性することは出来ませんから、色々の手段で薬抜きをやります。例えば水でうすめると、石油が分離し色は再蒸留すれば無色になるとか、香気の悪いのは活性炭素で矯正するとか到れり、尽くせりの手を施すようです。ところがメチルは完全に取れないので、時々おそろしい結果になります。(『酒のみとタバコ党のバイブル』46~47頁)
(Wikipediaより、富山駅前の闇市、昭和二十四年撮影)
おそろしい結果とは、むろん失明・廃人・落命といった現象を指す。
そういう被害の続出を間近で見ながら、それでもなお酒飲み達はバクダンの摂取をやめられなかった。
――インチキな酒が行われるということは、また人民がインチキな酒でも飲まずにはいられないという一つの世紀末的現象だと私は考える。
内田巌の分析は、的を射ていたに違いない。
酔っ払いでもしなければ、やっていられなかったのだ。この心境は、敗戦という開闢以来の大衝撃を直に知る者でない限り、ついに理解しきれぬ部分があろう。
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