穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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真理はすべてアタリマエ ―達人どもの簡素な答え―


 1931年10月5日、偉業が成された。


 ヒュー・ハーンドン。


 クライド・パングボーン


 それぞれ26歳と35歳、米国籍のパイロット。この両名の手によって、人類史上初めての、太平洋無着陸横断飛行が果たされたのだ。

 

 

Pangborn and Herndon in Japan 1931

 (Wikipediaより、訪日時のパングボーンとハーンドン)

 


 スタート地点は青森県の淋代海岸。そこから合衆国ワシントン州ウェナッチ市に着陸するまで、およそ41時間の飛行であった。


 リンドバーグの成功以来、北米大陸の天地には、航空熱が充満している。


 果然、世間は湧き立った。


 星条旗の国民は、この新たなる英雄がいったいどんな人物か、些細な挙動、口吻の切れ端に至るまで、知りたくて知りたくてたまらない。


 となれば記者の出番であろう。これほどの需要、見逃す手はない。インタビューの依頼は引きも切らず殺到し、新聞、ラジオ、雑誌の上に、彼らの情報が陳列される。


 ある日、こんなことを訊くやつがいた。「今回の挙を成功裏に導いた、秘訣はいったい何ですか」――。

 

 

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(1930年ごろ、AP通信本社の事務室)

 


 定番おきまりの質問といっていい。


 これに対する両氏の答えは、しかしなかなか型破りなものだった。曰く、

 

 

Fly High,

Fly Straight,

Fly Slow.

 


「高く飛べ、真っ直ぐに飛べ、徐々に飛べ」――たったこれだけ。


 この三語にのみ尽きていた。


 あまりといえばあんまりにもな素っ気のなさにインタビュアーは鼻白んだが、しかし一部の碩学からは、さてこそは・・・・・と諸手をあげて歓迎された。

 

 一部のとは、すなわち「複雑さ」は「高尚さ」に直結しない、真理とは至って単純な、拍子抜けするほど当たり前のことであると主張してきた者達である。


 下村海南、小泉信三、上野陽一、戸川秋骨――我が国に於いてはこのあたりが同様の思想の持ち主だろう。そのことを、私は現にこの目で読んで知っている。


 わけても上野陽一の言こそが最も平易で小気味よく、要領を得ることこの上ないので参考がてらここに引く。

 


 二プラス三は五である。そして真理である。真理はすべてアタリマエである。変ったコトがないからこそ真理なのである。ところが何か変わった点がないと、承知のできない人もいて、「二プラス三は五であることは誰でも知っている、二に三を加えて六にすることが必要である」などと主張する。そして得意になっている。
 しかし二と三とは、あくまで五であって、六ではない。それを六にする方法があるなどと、リキンデいると、今度の敗戦のようにヒドイ目にあう。(中略)真理は決して特別のことではない、いとも平凡なアタリマエのことなのである。(昭和二十八年『一日一善 能率365日』234頁)

 

 

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(1930年ごろ、飛行機製作に取り組む若者、当時の航空熱の旺盛さを物語る)

 


 そういえばフィンランドシモ・ヘイへ、冬戦争でソ連軍に悪夢を見せた「白い死神」たる彼も、狙撃の秘訣を訊ねられた際、


「練習だ」


 と、シンプルに言い切ったという伝説がある。


 一芸に長けること玄妙の域に達した者の言動は、どうも似通ってくるらしい。

 

 

 

 

 

 
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