穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―覗きの報い―


 夢を見た。


 機械と猫の夢である。


 時刻は夜。私はどこか、海に近いホテルの一室に投宿していた。


 部屋立ては、なんてことない。


 テレビにベッド、こじんまりした丸テーブルと、簡素ながらも必要十分な道具は揃ったありきたりのビジネスホテル風である。

 

 

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 が、ただ一点。まるでスチームサウナの如く、ひっきりなしに噴射され続ける蒸気こそがこの部屋を、「ありきたり」からどうしようもなく遠ざけていた。


 よしんば加湿器のつもりにしても、過剰としかいいようがない。


 たちまちシャツがびしょ濡れになった。たまりかねて窓を開ければ破れた網戸とご対面、その向こうにぽっかり広がる闇の中、レンズをもぎ取られた監視カメラがどこからともなくぶら下がって浮いており、欠損箇所から色とりどりのケーブルが、力なくだらりと垂れていた。


 なんとなく淫靡なその有り様に、


 ――腸のようだ。


 との感慨が湧く。


 時折蒼白くスパークするのがまた開腹された蛙の痙攣のようでもあって、生々しさの演出に一役買っていただろう。


 つい、誘われるように剥き身の導線に触れてみる。


 すると、はてさて、こはいかに。別の部屋の光景がありありと見えるではないか。

 

 

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 見えるというより、脳内に直接、映像を流し込まれている感覚だ。どうやらこのホテルときたら、不届きにも個室という個室すべてにカメラを設置しているらしい。むろん、客に断りもなく、見つからぬよう隠して、だ。その信号を、たまたま傍受してしまったようである。


 ――はて、義体化手術を受けた覚えはないのだが。


 不審に思わないでもなかったが、それより出歯亀根性が優先された。


 テレビをザッピングするように、映像を次々切り替える。微笑ましい家族連れがいたかと思えば、ベッドに日本刀を投げ出してネクタイを緩める初老男性の姿もあって、このホテルの客層というのがどうもいまいち掴み難い。


(いろんな奴が居るもんだ)


 覗きを満喫していた刹那――一切の前触れなく視界が砕けた。


 まるで薄氷さながらに。それまでの眺めは破片となって乱舞して、露わになった虚空から、正体不明の何者かが一歩一歩接近ちかづいてくる。

 

 

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 ちょうどデスノートに於ける、初登場時のワタリのような。男か女か、老いか若きか一向にして読み取れぬ、厚着の装束に身を包んだ「誰か」であった。


(まずい)


 すわこそ傍受がバレたかと、こいつは俺の脳を焼き切りに来たハッカーと恐怖して、急いで身を翻す。


 と、次の瞬間。気付けば私は車のハンドルを握り締め、アクセルベタ踏みで黄色い外車を追いかけている最中であった。


 動機は明瞭、あの車のボンネットの内側に、飼い猫が侵入はいり込んでしまっているのだ。我が家の大事な愛猫が。一秒でも早く救出してやらねばならない。どうやってそれを知ったのか、答える術はないのだが、とにかくそうに違いないのだ。


 焦慮に臓腑が灼けつくようで――そのあたりで目が覚めた。

 

 

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 洗脳され、偽の記憶を植え付けられて、誰かの操り人形になる――攻殻機動隊を筆頭に、近未来sf作品で多用される手法だが、実際に喰らうとあんな味わいなのであろうか。


 それにしてもああまで無抵抗に敵の術中に堕ちるとは、我ながらどうしたことだろう。


 個人的には、もうちょっと堅固な精神性と信じ込んでいたのだが。


 悪酒をしこたま呑まされでもしたかのように、黒々としたわだかまりが胸の底にへばりつき、暫くの間離れなかった。

 

 

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