穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―原始的な精密機械―


 夢を見た。


 電子回路の夢である。


 遮光カーテンを閉め切った部屋、薄ぼんやりとした光源。洞窟を思わせる湿った空気を吸いながら、私はただもうひたすらに、めちゃくちゃな桁数の四則演算に取り組んでいた。


 道具は鉛筆と藁半紙、それと自分の頭のみ。原理はまったく不明だが、スーパーコンピューターの能力を高めるためには絶対不可欠の作業らしい。

 

 

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 部屋には私以外にも、同様の作業に従事する者が何人もいた。どれもこれも、まるで見覚えのない顔である。みなこぞって表情を消し、無駄口どころか咳払い一つこぼすことなく、せっせと鉛筆を動かし続ける。その有り様は、部屋の雰囲気とも相俟って、どこか魚の群れに似ていた。


 斯く言う私自身とて、端から見れば立派な「魚」であったろう。ノルマをこなし、仕上がった答案を問題のスパコンに読み込ませにゆく。部屋の片隅に置かれたソレは、どう見てもウォーターサーバー以外のなにものでも有り得なかった。


 が、いつぞやにIBMが発表した量子コンピュータIBM Q」のモデルも、遠目からは一風変わったシャンデリアに見えなくもない、変わった形状をしていただろう。シャンデリアとウォーターサーバー、この二つにどれほどの違いがあるというのか? 


 少なくとも夢の世界に於いて、それは些細な問題だった。

 

 

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 適当な隙間に折り畳んだ藁半紙を突っ込んで、私は部屋を後にする。


 休憩時間の開始であった。


 ロビーのソファーに腰を下ろして、懐からスマホを取り出す。


 そこまではいい。ところがいざ起動してみるやどうであろう、ウイルスに感染しているではないか。


 梅干しみたく瓶詰めにされた目玉の画像が壁紙として固定され、通常の反応を返さない。


 ――帰り際に修理に出そう。


 そう思って電源ボタンを一押ししたが、こはいかに、画面は相も変わらず点いたまま、消灯の気配が微塵も見えぬ。


 焦慮する間に、事態は更なる悪化を開始。スピーカーから中国語めいた発音で、「緊急メンテナンスが必要です」だのなんだのと、癇に障る警告が次から次へと掻き鳴らされる。音量は最大に固定され、一切の操作を受け付けないこと勿論である。


 忌々しいと、臍を噛まずにはいられなかった。こういう場合、すぐさま電池をひっこ抜けない仕様であるのは如何にも不便と、テクノロジーの発達を呪いたくなる気にさえなった。

 

 

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 私は窮した。窮するあまり、突飛な手段に打って出た。


 トイレに走り、タンクを開けて、その中にスマホを沈めたのである。


 音が止むことはなかったが、なに、再び蓋を閉めてしまえば、そうそう漏れ聞こえたりするものか。そのうち電池も尽きるであろう。よかった、これで当座は凌げた。……


 そんなことを考えていたように思われる。


 危地に於いてこそ人の真価が試されるというのなら、昨夜の私はどうしようもなく落第だろう。


 目覚めを迎えてさっそく粘膜に殺到してきた疼痛感にくしゃみを連発させながら、二重の意味でうんざりせざるを得なかった。

 

 

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