穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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遥か南の稲作事情 ―ジャワ米にまつわる四方山話―


 ――外米でも、ジャワ米だけは別だ。


 不味くないどころか頗る美味い。豊葦原瑞穂国の外側に、あんないいコメが存在するとは。イヤサまったく驚かされたと、そう述懐する南洋生活経験者は数多い。


 ニャミル椰子園の和田民治もその一人だし、「南洋の貿易王」岡野繁蔵に至っては、更に傾斜を強くして、


 ――国産品よりよっぽど美味い。


 と、太鼓判を押してすらいる。

 


…ジャワ米の飯は、凡そこんな美味い米が世界のどこにあるだらうかと思ふほど、舌先に滴る甘味と柔かさを持ってゐた。
 今日でも、外米がまづいといふことは、日本人の常識のやうになってゐるが、あれは日本へ輸送して来る途中、熱帯地方を通るので、船艙で米が蒸れるのと、防腐剤を混じてあるからで、その産地で食べる外米はまづいどころか、却って内地米より遥に美味である。(昭和十七年『南洋の生活記録』6~7頁)

 

 

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(岡野繁蔵とその家族)

 


 ジャワ米。


 今では専らジャバニカ米の名で通る。


 世界のコメ総産量から眺めると、一割どころか五分にも満たない至ってマイナーな品目だ。ついでながら最大比率を占めているのがインディカ米でおよそ八割、残り二割がジャポニカ米という次第。


 その栽培風景は――あくまで半世紀以上前のことだが――、日本の稲作とはずいぶん違う、奇妙とすら映りかねないモノである。


 何といっても、彼らは稲を刈らないのだから。収穫の季節が到来すると、指に桑摘爪みたような器具を着け、籾のついた部分だけを切り離す。「刈る」のではなく「摘む」のだと、和田民治は描写している。


 で、残りの稲はどうやって処分するかというと、そのまま火をつけて焼き払い、土壌の肥やしにするのであるからイヤハヤふるっているではないか。やはりあちらは、焼畑農業が伝統にして主流らしい。


 ジャポニカ米よりだいぶ背丈が高いのも、こういう農法が普及した一原因であるだろう。

 

 

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(ジャワの水田)

 


 またジャワ人は、収穫の前日に「稲の神の結婚式」なる儀式をやった。


 これはまず、をつぶすところから始まる。羽をむしって内臓を出し、胸を割って平たくしたあと、大きく海老反りに折り曲げて、爪を翼にひっかけるのだ。


 更に首を引き捻じり、両脚の合間からのぞくようにし、謂わば鶏で輪を作る。


 上手く形を整えられたら、今度はそれを火で炙る。肉汁滴り香気満つればいよいよ仕上げだ。椰子の果肉のすりもの・・・・から得た乳白色の液体に、細かく刻んだ赤唐辛子、食塩、その他種々の香料ともども鍋にぶち込み、じっくりコトコト煮込みに煮込む。


 この「グロテスクな鶏の一羽煮」こそが、神への捧げものに他ならない。


 副食物は各々の勝手次第だが、これだけは必需品だったのだ。

 

 

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 で、いざ完成と相成れば、その「御馳走」を携えて一家総出で田に走る。


 道すがら隣人に声をかけつつ、風に波打つ稲穂の海の真ン中あたりを選定し、椰子の葉をぶっすり突き立てるのだ。これは稲穂の背丈に負けない、特別大きな、五メートル近いのが望ましい。


 その椰子の葉の両側に、その場で摘んだ二束の稲を架けてやる。これこそ稲の男神・女神になぞらえられたものであり、儀式の主役に相違なかった。


 香を焚き、例の御馳走がうやうやしく捧げられ、ついに結婚式の幕開けとなる。

 


 主人公は稲の神に向って礼拝の後、豊作を感謝し、茲に目出度く神々の結婚式を挙げる趣旨を、紋切形の口調で、真面目くさって述べる。次に来客の一人が誰でも出来る簡単な御経を上げると、主人公は稲の穂を中央に重ね、これに持参の薔薇の花弁を振りかけ、ここに目出度く稲の神の結婚式は終る。
 披露の宴は、持参の御馳走を、この畑の真中で、お互いに手で摘んで、豊作の話しをしながら食べるのである。(昭和十七年『熱帯農業の体験』49頁)

 

 

Arroz bomba calasparra

 (Wikipediaより、ジャバニカ米)

 


 和田民治自身、通りがかりに招待されて、この「稲の神の結婚式」に立ち会ったことが一度ならずあるそうだ。


「誰でも出来る簡単な御経」というのは、案外実体験からの評価かもしれない。

 

 

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