穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―蘇生の代価―

 

 夢を見た。


 噛み殺される夢である。


 ここのところ、南洋関連の書籍を好んで読み漁った影響だろう。蛮煙瘴雨の人外境が、ものの見事に昨夜の夢寐に再現された。

 

 

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 私はそこで、何かしらの調査事業に携わっていたらしい。


 半球型のコテージまで建て、拠点とし、またずいぶんと力を入れていたようだ。


 中で準備を整えた。


 バックパックに機材を詰め込み、つば広帽を目深に被って外に出る。


 河があり、モーターボートが係留されて揺れていた。


 乗り込んで、手元のボタンを押し込むと運転手がやって来る。


 かなり年嵩の男であった。


 鼻梁が常人の三倍は高く、無毛の頭部とも相俟って、その風体はこれ以上なく独特であり、当分忘れられそうにない。


 彼は一言も発することなく、こちらに視線を向けもせず、ただ黙然と席に着く。


 エンジンがかかって、船は上流に進みはじめた。


 水は泥で濁りきり、底の様子を窺うなど思いもよらない。岸辺にはときどき火が揺らめいて、恰も紛争地帯に居るかの如き感を与えた。

 

 

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 やがて目的の桟橋に着く。


 一応礼を述べておいたが、やはり返事は皆無であった。


 獣道をしばらく進む。


 ふと気がつくと、前方わずか三~四メートルあたりの位置に大型の猫科動物がいて、四肢を踏ん張り、歯も剥き出しに、私を威嚇している最中であった。


 ジャガーか、ヒョウか、それともトラか。ライオンでないのは確かだが、そのあたりの見分けはちょっとつかない。


 彼、若しくは彼女の出現はまったく急で、ほとんど地面から湧き出たのかと錯覚したほどである。


 思考が凍った。よしんば回転を保てていても、既にどうにもならない間合いであった。獣の身体が膨張し、視界いっぱいに広がるのを、私はどこか他人事のように醒めた気持ちで見守っていた。


 衝撃。


 転倒。


 野生の本能とはこれであろうか。獣の牙は過たず、初撃で私の首筋に喰い込んでいた。


 痛みはない。


 ただ、違物感だけが強かった。


 目は色彩の判別を止め、風景は白と黒だけになり、そこから更に黒の面積が増えてゆく。


 死への墜落が始まったのだ。


 が、そのペースというのが、如何にも遅い。


 人間とは思ったよりもしぶといものだと、致命傷を負っていながらいざ死ぬまでにこんなに時間がかかるのか、どうせ希望のぞみなど欠片もないのに愚劣なことだと、無性に辟易したものだ。


 ――次に我を取り戻したとき、私は再び例の拠点の中にいて、ベッドに寝転び、湿度の高い重い空気を吸っていた。

 

 

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ニャミル椰子園にて、和田民治、仕留めた豹を抱きかかえ)

 


 夢だったのか? いいや否。私は確かに一度死に、そしてこうして復活したのだ。


 その証拠に、鏡を覗けばひとまわり若返った姿の私が。


 これが蘇生の代価であった。次があるのをいいことにほいほい死に続けようものならば、やがて乳幼児にまで回帰して、自分でベッドから起き上がれもしなくなり、リスポーン地点で餓死を迎える破目に至ろう。


 その次は受精卵まで溯るのか。どっちみち数秒と生きていられまい。次の次は、もう戻りようがない以上、消滅するのみであろう。


 よし、次こそはしくじらぬぞと頬を叩いて気合を入れて、そのあたりで目が覚めた。


 幼き日、近所の山で野犬と遭遇したあの瞬間の戦慄を、久方ぶりに想起した。

 

 

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