岩手県奥州市水沢一帯の村落では、だいたい昭和のあたまごろまで、とある奇妙な習俗が行われていた。
うら若き乙女が男を知らぬまま世を去ると、その棺にマツブサの果実を入れるのである。
マツブサ。
漢字では、松房と表す。
松に似た樹皮と、ブドウの房が如き果実を
食すと甘味よりも酸味が強く、ためにこの地方では、主に妊婦の苦しみを和らげるため使われた。果汁で口の中が黒っぽく染まってしまう効果から、少女が手を出すことは皆無に等しかったという。
歯に鉄漿を塗り黒く染めるは既婚者の仕儀。未だ旦那も持たぬ身でそれに見紛われることをするなど、はしたないという感性から、努めてこれを避けたのである。
しかしながら早世した場合に限り、この着色効果が少女にとってプラスの意味を発揮する。
古くからこの大八洲には、処女・童貞は浄土へ行けぬという思想があった。
それを憐れんだ親族が、賽の河原でこれを喰い、歯を黒く染め既婚者に偽装し、以って渡し守の目を欺けと、そうした願いを籠めてマツブサの実を入れたのだ。
まこと奇妙な考え方と言うほかないが、しかしこの認識あったればこそ、多くの地方で元服を迎えた男子を妓楼へ向けて担ぎこみ、早ければその夜のうちに女のからだを教えてしまうという一種独特の風習が形成されもしたのだろう。
そこから南西の海上に浮かぶ佐渡島まで行ってしまうと、事は更に秘儀めかしくなってくる。
この島に於ける元服の儀式は、単に前髪を切り落としただけでは終わらない。新成年は次に先輩に連れられて、島内最大の山である金北山に登ることを余儀なくされる。
(Wikipediaより、夕暮れに染まる金北山)
頂上にて祭神を拝すと、そのあたりに自生している石楠花の枝を適当に折り採り、失くさないよう注意しながら下山するのだ。
下山ルートは、夷港に通ずるモノを行く。現在では両津港と改称されたこの港には、古俗として少なからぬ娼館が立ち並び、紅燈緑酒の愉しみを提供していた。
新成年はここでたわむれ、別れ際に相手役を務めてくれた女性から、白緒の草履を貰い受ける必要がある。娼妓の方でもそのあたりの風習はよく飲み込んでいるために、断られることはまずなかった。
こうして手に入れた石楠花の枝と白緒の草履を、相添えて家に持ち帰ることで、漸く元服の儀式は終わる。晴れて一人前の男なりと認められるに至るのだ。
大坂一帯の村落にも元服を済ますと大峰山に参拝し、帰路に娼館であそぶ「精進落し」という風習があったそうだが、ここまで込み入った内容ではない。
やはり離島ではなんにつけ、独特の深化――ガラパゴス化が進むのだろうか。
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