夢を見た。
名状し難き夢である。
最初、私は海に居た。
360度何処を見ても岩礁の一つさえ目に入らない、大海原のど真ん中。
空の青と海の蒼とで塗り潰された、ある種の異界に在って私は、大口開けて迫り来る人喰い鮫から必死の思いで逃げていた。――こともあろうに、背泳ぎで。
ふざけているわけではない。
やむにやまれぬ事情があった。
私の額には防水性のカメラが取り付けられており、これで「迫力ある映像」を撮影するのが今回の仕事だったのである。
クロールやバタフライでは、背後から襲い来る鮫の姿は映せない。
必然として背泳ぎになる。それも、顎を不合理なほど引いた形の背泳ぎに。
おかげで襲撃者の姿がよく見えた。
幾層にも連なった、鋸の如き乱杭歯。あんなものに捕まって、生き延びられるわけがない。人体など豆腐さながらに噛み潰される光景が勝手に脳裏に浮上する。
恐怖に顔を引きつらせつつ、それでも最後の最後まで背泳ぎのスタイルを崩すことなく、仕事を全うしたのは我ながらクソ真面目というか、なんというか。
そのうちに場面が切り替わり、気付けば私は、何処かのパーティー会場に居た。
大がかりなスクリーンに投射されている映像は、紛れもない、先刻私が命を懸けて撮影した、人喰い鮫からの逃走劇。迫力満点なその映像に、会場からは時折息をのむ音が聴こえ、それが私になんとも言えない充足感を与えてくれた。
――しかしながら太古の海には、これよりもっと恐ろしい生き物がいた。
雲行きが怪しくなったのは、そんなナレーションが加えられた瞬間である。
次いで映し出されたアレを、いったいどう表現すればよいのか。
感覚としては「スイミー」が近い。小魚どもが捕食されぬよう寄り集まって巨大な魚に擬態する、国語教科書に掲載されていたあの話。あの通りのことを、ナメクジで再現したような具合だ。
何億匹もの軟体生物が寄り集まって、首長竜を模している――そのおぞましさたるや、到底言語に尽くし切れるものでない。
ナレーターは野太い声で、この生き物が数万年に亘って地球の海を支配したこと、にも拘らずある日突然、何の前触れもなく絶滅したこと等々を興奮もあらわにまくし立て、絶滅の理由に関しては学界でも未だ定説が得られていないと浪漫たっぷりに解説するのだ。
が、私は彼の熱意に付き合ってやる気には到底なれず、視線を窓外へと移してしまう。
するとそこでは、揚羽の蝶が、口のあたりから三本の赤黒い触手を伸ばして池に咲いた蓮の花から蜜を吸い上げているところであった。
触手の長さは、一本当たり一メートルにも及んでいたろう。それらが花にがっちり巻き付き、体を支え、羽を広げたまま宙で微動だにしていない。こうなってしまうと触手と蝶の、どちらが本体なのか分からなくなる。
――美しくとも、やはり芋虫の成体なのだ。
こみ上げる生理的嫌悪感と共に、納得を深めたところで目が覚めた。
――呪いと海に底は無く、故にすべてがやってくる。
しばらくの間『Bloodborne』の有名なる一節が、頭の中で木霊していた。
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