フグは身近な毒物だ。
入手が容易で、
高い致死性をもっていて、
おまけに日本人ならば、ほとんど誰もがその性質を知っている。
「喰えば死ぬ」という共通認識、この普遍性がミソなのだ。この特徴ゆえ、他人を揶揄う材料として、フグは非常に便利であった。
鯛なり鱈なり何なりと、別な魚類と偽って、こっそりフグを食べさせて。しばらくしてから――胃洗浄しても無駄な時分になってから、
「ありゃ実は……」
と、おどろおどろしくバラすのは、もはや定番のネタである。やられた方は蒼褪めて、
人が悪いと言えばそう、毫も反論の余地がない。
だがしかし、遊びの愉快というものは、大なれ小なれ悪意を満足させてこそ、本意に叶うのではないか?
維新前には福澤諭吉も
『福翁自伝』にちゃんと収められている。大坂適塾時代の回顧だ。
…私は大阪に居るとき颯々と河豚も喰へば河豚の肝も喰て居た。或る時芸州仁方から来て居た書生三刀元寛と云ふ男に、「鯛の味噌漬を貰て来たが喰はぬか」と云ふと、「有難い、成程宜い味がする」と悦んで喰て仕舞て二時間ばかり経てから「イヤ可愛さうに、今喰たのは鯛でも何でもない、中津屋敷で貰た河豚の味噌漬だ。食物の消化時間は大抵知て居るだらう。今吐剤を飲んでも無益だ。河豚の毒が嘔かれるなら嘔て見ろ」と云たら、三刀も医者の事だから能く分て居る。サア気を揉んで、私に武者振付くやうに腹を立てたが、私も後になって余り洒落に念が入過ぎたと思て心配した。
時代が時代だ。
一手の狂いで「死なば諸共」、やりやがったなこの野郎、斯くなりゃテメエも道連れだ、一足先に向こうに逝って、俺の黄泉路の案内役をこなせるように準備しながら待っていろ――と、錯乱した被害者に刺されかねないリスクを負って、先生よくもやったもの。
そこをいくと益田太郎は安気であった。
彼が
(Wikipediaより、益田太郎)
下関を旅行中、偶然見かけた「フグの缶詰」。
(こりゃ面白い)
と買い込んで、懇意の女優――藤間房子、村田嘉久子、森律子、初瀬浪子の四名に贈ってやることにした。
ただし、アンコウと偽って、だ。
「これはこれは、結構なものを、かたじけのうございます」
三井王国の一大柱石・「大番頭」益田孝の長男からのお土産である。
血の背景を取っ払い、個人として眺めてみても尋常一様の器ではない。ここ暫くは「太郎冠者」のペンネームで筆を執り、帝劇の喜劇脚本を手掛けている人物である。
粗略にできるわけがない。皆、はやばやと缶を切る。一晩明けて、翌日のこと。電話のベルがけたたましく鳴り響き、応対すれば案の定、聞こえてきたのは益田太郎の声だった。
「あの缶詰はどうでした」
「お蔭様で、たいへん美味しくいただきました」
四人が四人、そう答え、益田太郎はそのたびに、電話口にて黒い笑みを浮べたという。
(Wikipediaより、村田嘉久子)
「さいですか、いやあよかった、フグもどうして、なかなか乙なもんでしょう」
「えっ、フグ!?」
「うん、実は、アンコウというのは嘘なんだ。ありゃあフグの肉ですよ。どうです、腹が痛みはしませんか」
「――」
比喩でなく、女たちは身をのけぞらせて驚いた。
就中、藤間房子の取り乱しようは群を抜き、
「医者を、お医者さまを呼んで頂戴、今すぐに!」
奥に向かって呼ばわったから、益田太郎は腹を抱えて面白がった。
(viprpg『闇市ダンジョン』より)
この辱めを、房子はもちろん根に持った。
「仇を討ちます」
頬を凄絶に青くして、房子はゆっくり墨を磨る。
数日後、益田太郎の邸宅に、異様なハガキが舞い込んだ。
黒枠付きの、弔事を報せるものである。かてて加えて、記されている文面ときたらどうだろう。
「藤間房子儀河豚中毒の為め死去致し候間此段御報告申上候」
――房子が死んだ。
――しかも死因はフグ毒である。
と、いの一番に大書されているではないか。
(なにっ)
今度は益田が大慌てする番だった。
フグ毒の性質から考えて、まず有り得ない、九割九分虚報だが、それでも万一ということがある。まさか俺は、ひょっとして、取り返しのつかない馬鹿をやらかしたのではあるまいか?
泡を食い、血相変えて駈け廻り、房子の無事を確かめて――その動顛の烈しさで、藤間房子の溜飲も、だいぶ下がったそうである。
さてもさてもの大正浪漫、復讐にも華がある。
爛漫というべきだろう。麗しき男女の道だった。
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