先日の記事に、およそ一名、とりこぼしがあったことに気がついた。
松陰吉田寅次郎である。
品川弥二郎の
『康済録』とか『産話』とか、その内容に経済的色彩を強く含んだ書籍をも積極的に採用し、かてて加えて隙あらば、
「士は数を知らざるべからず、士は生産力なかるべからず」
「世間のことは算盤玉をはづれることなし。数によって世の中は支配されてゐる」
このような意味のことどもを、生徒たちに繰り返し口授したということだ。
弥二郎は、当時、不満であった。
(先生は妙なことを言いなさる。士が金儲けの業などを)
それはあきゅうどの道ではないか。
天下国家の行路を憂い、事あらばすすんで命を捧ぐ、サムライの修養とは違う。
我らにとっての学問とは要するに、青春の血を熱くさせ、尊皇攘夷の大義めがけて奔出させる、そういうある種の燃料注入、原動力の涵養にこそ焦点を置くものだろう。
(それが商人の真似事に
むしろ、却って、せっかくの、明鏡の如く磨きをかけた士魂へと、曇りを招くのではないか?――
弥二郎は生真面目に苦悩した。
彼が認識を改めるのは、維新回天成って以後。
産業組合創立のため、関係各所を説得すべく、筆に口にと大汗かいて立ち働いていた時分、恩師の教えの正しさを今更ながらにしみじみと、腹の底から実感したそうである。
「統計を侮るものは施政を誤る」
「暗夜に提灯 事業に統計」
「論より証拠 理屈より統計」
「一に統計 二に計画 三に実現理想郷」
以上四点、ことごとく、岡山県庁官房課にて採用された標語であった。
松陰とも弥二郎ともまったく関係ないのだが。――「数の支配」の一端をよく表したものとして、
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