酒の境地は独酌にある。親しき友あるもいい。宴会の酒は少しく社交に走らざるを得ない煩ひがある。要するに酒は環境による。
(いいことを言う)
大いに頷かれる記述であった。
(立ち読みで済ますのはもったいない)
心の天秤の指針が動き、「買うに値する」を指す。そうした次第で同書は現在、古本屋の書架を離れて、私の机の上にある。昭和五年発行、鈴木氏亨著『酒通』というこの古書は――。
さしあたりざっと捲ってみると、巻末にこのようなものを見出した。
出版元の四六書院に、感想を送るためのハガキである。
正確には「愛読者カード」と呼ぶらしい。「東京市神田区通神保町一番地」とあるからには、さだめし人通りの多い、繁華な場所に門戸を構えていたのであろう。
とりあえずコレは切り離さずに、このままとっておこうと思う。
奥付にはまた、「記念特価金三十五銭」の印影が。
定価は七十銭となっているから丁度半額、「特価」に恥じない気前のよさだ。だが何の記念だったのだろう。そこはちょっとわからない。なお、私が本書を購うために支払ったのは、実に五百円玉いちまいである。
中身について話を移すと、表題の通り酒にまつわる四方山話――起源及び発達過程、酒がテーマの詩吟俳諧、燗の仕方や徳利選びに至るまで――を綴ったものだが、特徴的な部分が一つ。全体を通して文章の格調が頗る高い。
清酒の味の表現に、
「香気芳烈で、色沢透明、口ざはりの木目こまかく、喉ごしに障りなく、押しは凛として口中に残る」
と記してみたり、またそれが何によって齎されるかの説明を、
「第一、西宮の水。
第二、摂播の米。
第三、吉野杉の香。
第四、丹波杜氏の技倆。
第五、六甲の寒気。
第六、摂海の温気。」
簡潔、明瞭、更にその上テンポよくまとめてみせたりするあたり、もはや文学的な美しさすら感得される。
ひょっとすると本当に文学者では? と思って調べてみると、豈図らんや、この鈴木氏亭なる男、菊池寛の秘書をやっていた者ではないか。
ある時期からは自身も小説を執筆し、「文芸春秋」専務取締役まで務めている。名文の数々も納得だ。ちなみに私は購入当初、どういう視神経の狂いからか「亨」の字を「亭」と取り違え、てっきり酒好きの落語家が嘱望されて筆を動かしたものとばかり考えていた。
私は未だ、本書を読破しきっていない。
あと半分――九十ページほどが未読のまま残されている。
どうせならば後はこの、
芋麹本格芋焼酎「一刻者」を呑みながら、一気に読みきってしまおうか。趣深い、良い試みだと思うのだ。
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