穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

寸鉄人を刺したもの ―皮肉の達人、英国人―


 スランプである。


 伝えたいことは山ほどあるのに、どうもうまく言語化できない。


 喉元あたりでひっかかる。


 もどかしさに頭皮を掻き破りたくなってくる。


 五月病の一種だろうか? 私が好む季節というのは秋から冬にかけてであって、春と夏とは苦手な性質たちだ。


 木々の梢に葉が繁り、徐々に肉が厚みを増して、あぶらを塗られたように艶めき――夏に向かって生命が勢いづけばづくほどに、私の気分は沈淪してゆく。濃厚な色彩には美しさよりくどさ・・・を感じ、胃もたれするような苦しみのもと、冬枯れの枯淡を希う。

 

 

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 辛い時期だ。考え事には向かない時期だ。ろくな思案の浮かばぬ時期だ。


 だからといって筆を投げ出し、不貞腐れでもしたかのように何も書かないままでいると、今度はどんどん腕が錆びつく。


 一日サボれば自分が気付き、


 二日サボれば仲間が気付き、


 三日サボれば誰でも気付く。


 よく言われるところだが、これはまったく真理を衝いているように思う。


 無理矢理にでも書くべきだ。


 たとえ内容が千切れ雲のようにてんでんばらばら、纏まりのないモノに堕しても、それはそれで随筆らしい、字義に適ったものではないか。


 そんな風に、自分で自分を納得させて。

 


 ――ロンドン生まれの映画俳優、C・オーブリー・スミスには、どこか井之頭五郎を彷彿とさせる性格上の偏りがあった。

 


 彼にとって「静けさ」とは「空腹」に匹敵する最高レベルの調味料に他ならず、人がめしを喰ってる傍でやかましく騒ぎ立てる輩というのを、蛇蝎以上に憎んだという。

 

 

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(『孤独のグルメ』より)

 


 ある日のこと、ハリウッドのレストランで偶々近くに座った客がまさにこの、場を弁えず騒ぎ立てる「うるさ型」の男であって、店のサービスにいちいち文句をつけたから、オーブリーはよほど辟易したらしい。


 ついに我慢の限度を超えた。そのとき男は店員の対応ののろさ・・・を罵り、その証拠に、みろ、入店してこんなに経つのに、料理どころかコップ一杯の水さえもまだ俺のところに届いていないとあげつらい、

 

「この安料理屋ではいったいどんなことをしたら一杯の水がもらえるんだい」


 と、わざとらしく甲高い声で呼ばわっていた。


 オーブリー、そちらに向かって首をねじまげ、


「ご自分の身体に火でもつけたらどうですかな」


 よどみない口調で、ずけりと一言やってのけたということである。

 

 

C. Aubrey Smith in Little Lord Fauntleroy (1936)

 (Wikipediaより、C・オーブリー・スミス

 


 いったい映画俳優というのは、普段からそういう役どころを演じている所為であろうか、咄嗟の「返し」がすこぶる上手い。


 もう一つばかり例を挙げよう。――リン・フォンタンヌとタルラー・バンクヘッドは互いに二十世紀を代表し得る名女優だが、この二人の水の合わなさは致命的で、仇敵同士といってよく、彼女たちの角突き合いは事あるごとに合衆国の大気を揺らし、人々の興味を掻き立てること無類であった。


 数知れず繰り返された勝負の中でも、特に根強く語り継がれるものがある。


 とある夜会の席上で、タルラーはこんなことを言ったのだ。


「アルフレッド・ラントさんと御結婚なさって、ほんとに運のおよろしいこと。あの方、演技も素晴らしいし、監督としても立派だわ。あの方がいなかったら、あなたはどうなっていたかしら?」

 

 

TallulahBankhead

 (Wikipediaより、タルラー・バンクヘッド)

 


 お前の成功はお前自身の実力じゃない、これまで主役を張れてきたのは、偏に旦那の引き立てあってのことなんだぞと、暗に毒針で突いたのである。


 夫がメガホンを取る作品で主役を演じまくる妻。なるほど確かにこれほど中傷されやすい構図というのも珍しかろう。が、だからといって真正面からそれを指摘するというのは尋常一様の所業ではない。


(言い過ぎではないか)


 出席者には、蒼褪めた者とて少なくなかった。もはや喧嘩で済まされる領域を超え、殺し合いに発展しても何ら不思議でない侮辱。ところが当のリンときたらどうであろう、いとも涼しげな風体で、口元に微笑すら浮かべつつ、


「多分、あなたがやっていらっしゃる役どころでしょうよ」


 こう言ってのけたからたまらない。


 突き出された毒針を、手首を掴まえ、小手返しの要領で、逆にタルラーの胸元へ捻じ込んでやったようなものである。


 そういえばリン・フォンタンヌも元々の生まれはロンドンだった。

 

 

Lynn Fontanne portrait2

 (Wikipediaより、リン・フォンタンヌ)

 


 イギリス人はどんなにアメリカで暮しても、ついにイギリス人たるを失わぬらしい。

 

 

 

 

 

 
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