穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―変態する同居人―

 

 夢を見た。


 鳥が猫になる夢である。


 夢の舞台は、現実の私の部屋と変わらない。そっくりそのままといっていい。枕元の時計の位置まで完全に再現されていた。


 ただ一点、明確な差異は、窓のサッシに鳥の巣が出来ていたことか。

 

 

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 藁や枯草を組み合わせて設えられた粗末な褥。カーテンを開くなり斯くもあからさまな異物が視界に飛び込んで来たものだから、


(いつの間にこんなものが)


 流石に吃驚させれらた。


 中を覗くと、卵の殻も新しい、手のひらサイズの雛がいっぴき、身を縮ませて私の顔を見返してくる。


(これは殺せぬ)


 反射的に理解した。


 これが蜘蛛やゴキブリだったら即座に潰して終いだろうに、我ながら現金なものである。


 不法侵入者という点に於いても、また一つの生命という点に於いても、両者の間になんの違いもなかろうに。


(愛らしいというのは、万事得だな)


 雛はおそるべきスピードで成長した。


 私がちょっと冷蔵庫を調べたり、皿を洗ったりしている間にもう形態が変化している。


 立派な若鳩になったかと思えば、次の瞬間には何故かヒルの姿になって、水かきのついた黄色い足でフローリングの床の上をペタペタ歩く。


 ふとした用事で外出し、再び帰って来てみると、奴はもう鳥類ですらなくなっていた。


 つややかな毛並みに、黄金の瞳。肉の付きかたも健康的で抱き心地のいい、みごとな黒猫がそこに居た。

 

 

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 ――とうとう系統樹の枝を飛び越えやがった。


 目の前の奇蹟に、感動が溢れて止まらない。


 更に驚くべきことに、こいつは人語を解すのだ。背中合わせに寝転がっていたところ、


 ――あと一回。あと一回で、やっと仕上がる。


 虚空に向けて嬉しそうに囁く声を、私ははっきり耳にした。


 おそらくは、私が寝ていると思ってつい油断したのだろう。その迂闊さすら可憐であった。猫を相手に、私は狸寝入りをしてやった。


 仕上がったアレの姿というのは、いったいどんな具合だったのだろう。惜しむらくは、それを見届ける前に夢から覚めてしまったことか。声は外見に相応しく、気品のある「お嬢様」的なものだった。もし猫又にでも化けてくれたら、さだめし魔性の美しさを呈しただろうに。

 

 

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 布団を出て暫くしてから、

 

 ――そういえば。

 

 と、古い記憶を思い起こした。そういえば小学生の時分、実家の玄関の上のところにツバメが巣を作ったことがあったなあ、と。

 

 彼らの負担にならぬよう、注意深くゆっくり戸を閉め、学校に向かったものである。

 

 あいつらの血は、その後どうなったのだろう。淘汰の運命に屈したか、それとも脈々と受け継がれ、今も何処かの空の下を変わらず飛翔しているのだろうか。

 

 願わくば後者であって欲しい。

  

 

 

 

 


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