穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

福澤諭吉の戦争協力 ―『日本臣民の覚悟』―

 

 引き続き、『学府と学風』に関して記す。


 前回は書き込みばかりで少しも内容に触れられなかった。


 今回はここを補ってみたい。


 本書の中で小泉は、よく日清戦争の当時に於いて福澤諭吉が如何な態度を示したかを引き合いに出す。現在進行形で支那を相手に戦火を交えている都合上、それは自然な流れであろう。


 ――この難局に、慶應義塾の門下生はどんな姿勢で臨めばよいのか?


 迷った際は源流みなもとに還れ。創始者の中に方針を見出そうとしたわけだ。


 そうなると真っ先に目にとまるのが、『日本臣民の覚悟』である。

 

 

Shinzo Koizumi

 (Wikipediaより、小泉信三

 


 日清戦争開戦直後、福澤諭吉時事新報の紙面を通して今次戦争の意義を明らかにし、同時に「日本人が覚悟すべき三つのこと」を世上に説いた。すなわち、

 


 第一、官民共に政治上の恩讐を忘るゝ事


 第二、日本臣民は事の終局に至るまで慎んで政府の政略を非難すべからざる事


 第三、人民相互に報国の義を奨励し其美挙を称賛し又銘々に自から堪忍すべき事

 


 この三つを、だ。


 どれもこれも、総力戦の遂行に不可欠な条件ばかりであろう。


 そう、福澤諭吉日清戦争の全面的な肯定者。持てる力の限りを尽くして祖国の勝利に貢献しようと覚悟していた者だった。

 

 

福澤諭吉像2

 (Wikipediaより、福澤諭吉像)

 


 にしても、第二は凄まじい。政府を非難するなとは、言論統制そのものではあるまいか。「自由」と「権利」を日本に教えた張本人がこんなこと書いていいのかと、わけもなく反撥したくなる。


 だが、福澤に言わせれば、原理主義者になれるほど、自分は単純な男ではない。

 


 抑も言論自由の世の中に於て政府の得策を批評するのは当然のことであるが、戦時は然らず、批評はただ人心を沮喪せしむるの不利がある許りで何の利益もないから、「謹んで黙して当局者に自由の運動を許し」何事も賛成して、陰に陽に国民の身に叶ふ丈けの助力を与へねばならぬと謂った。(『学府と学風』62頁)

 


 丁度、ベトナムに於ける米軍のように。


 前線と銃後の統一を欠けば勝てる戦争も勝てなくなると、福澤は知り尽くしていたらしい。


 いったん戦争を始めた以上、何が何でも勝たねばならぬということは、議論以前の「前提」として問題にもしていない。福澤はまったく、戦時中知識人がどう在るべきか、完璧な手本を示してくれた。

 

 

Sino Japanese war 1894

 (Wikipediaより、日清戦争

 


 まるで火薬庫が次々誘爆するように。


 日清戦争の期間中、福澤諭吉の過激論は熱量を増す一方で、ともすれば自制を忘れた観すらあった。

 


 朝鮮で彼の勢力を挫いた上は直ちに陸海軍の全力を挙げて北京を衝くべしと言ったり(二十七年八月五日)、又必ずしも北京には限らぬ、盛京(奉天)省を取って満洲地方との連絡を絶つも好からうと言ったり(八月九日)、取敢へず満洲の三省を略して之を占領すべしと言ったり(八月十一日)した。(64頁)

 

 

 なんと華麗な大風呂敷であることか。


 そう、華麗・・というのが重要だった。福澤諭吉の目的は、とにかく楽観論をぶちまくり、国民をして戦争に積極的ならしめて、中途半端な和平案に飛びつかせない。戦って戦って戦い抜いて、以って「彼の復讐力を減殺」し尽すその瞬間まで、あくまで鉾を収めない。「永久の平和を祈るが故に殊更ら一時の強硬を主張するのみ」という、透徹した現実主義にこそあった。


 つまるところドリフターズ島津豊久が言っていた、

 


 叩く時は追うて追うて根まで叩かねば駄目じゃ。叩いたら叩いて潰せち教わった。
 親父殿もおじ上殿も、もう一人のおじ上ももう一人のおじ上もおじい様もひいじい様も言うておった。

 


 と同一基軸だ。


スティール・ボール・ランジャイロ・ツェペリDioを相手に目指したところの、「あいつに100年間は2度とオレに挑んで来たいと思わせないようなそういう勝ち方」にもどこか通じる。


 いずれにせよ、世代を超えて受け継がれる日本人の精神に、感動せずにはいられない。

 

 

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 先生は時期尚早の平和説の発生を殊に恐れ、度々当局者は斯る愚説に耳を傾けてはならぬと戒めた。殊に商工業者は戦争の影響を蒙ることが多からうから、自然戦を厭ふの情も漸く起らざるを得ぬ。「左れば今後戦争の永続中平和説の徐々に発育す可き地面は実業社会にして陰に陽に之を培養する者は商売人なる可し」と先生は推測した。さうして若しも事実其の通りであるならば、それは昔の「平民根性を再演」するもので、「今後如何様に軽蔑さるゝも一言の申訳」はないと戒めた(九月九日)。(65頁)

 


 戦地の将兵に贈るのに、なるほどこれは最適な書だ。慶應義塾出征軍人慰安会はいい仕事をした。


 八十島信之助が一日で読みきったのも頷ける。きっと書を開いている間中、ずっと福澤に激励されている感があったのではなかろうか。

 

 

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