穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

「書き込み」小話

 

 ここ数日来、幾度となく引用させていただいた『東郷元帥直話集』には「書き込み」がある。


 その巻末、本文終了後のひろびろと空いた余白の中にしたためられた文章だ。

 


東郷元帥の面影をまのあたり、観る如く、極めて、興湧く之を読む、加治屋町の生んだ大英雄に対する思慕の情愈々深まる。
薩摩の典型的武人なるのみならず、実に世界的英雄なりし感を深うする。

昭和十年五月八日

 

 

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 本書が出版されたのは昭和十年五月一日の時点に於いて。


 そこから僅か、一週間後の日付である。


 なかなかの早さと評してよかろう。「止め時」を見失うほど熱中し、一気呵成に読了までもっていった購入者の姿というのが目に浮かぶ。


 最後の一ページを捲ったときは、感慨無量、この上もない。雲を貫き聳える秀峰、その頂に独り立ち、四方下界を鳥瞰するかの如き心地よさだ。

 


 確か、以前にも書いたはずだが、私はこうした「書き込み」の類が嫌いではない。

 


 いやいっそ、古書蒐集の醍醐味のひとつとさえ考えている。読書によって一層壮大ならしめられた前所有者たちの気宇。その余韻、あるいは残響と呼ぶべきものが、これら一文字一文字には籠められていて、指でなぞれば今でもいきいきと再生される――そんな錯覚に襲われるのだ。

 

 


「鎖と笞の土地」「ロシアンセーブル物語」執筆のため活用させていただいた『シベリヤの自然と文化』にも、やはり書き込みが存在している。


 ただ、厄介なことに、どうもキリル文字が使われているようなのだ。

 

 

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 どうであろう、三行目の末尾の文字、「R」が反転した形のように見えないだろうか。


 流石、ロシアの内情について書かれた本と言うべきか。解読は正直お手上げである。大学の第二外国語選択でロシア語を取っていたならば、また話は別だったのやもしれないが。


 辛うじてわかるのは、「1944」「20」といった数字程度だ。


 本書の初版発行は昭和十九年――即ち1944年2月20日。刊行日時を態々書いたとするならば、ひょっとすると著者直々の署名なのでは――そんな都合のいい妄想まで膨らんでくる。


 掘り出し物とは、なんと心ときめかせる文言であろう。まさかと自戒しながらも、つい夢想せずにはいられない。なかなかどうして、愉しみの種は尽きないものだ。

 

 

東郷平八郎と秋山真之 (PHP文庫)

東郷平八郎と秋山真之 (PHP文庫)

 

 

 

 


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