夢を見た。
どうしてそうなったか、経緯についてはよく憶えていない。
確か私の夢世界では武蔵は一心の食客で、彼の屋敷で起居する身分であったのだ。
その武蔵がふとしたことから同じ食客の一人を殺し、その流血が火種となって誘爆が連鎖、最終的に一心がケジメやら何やらのために武蔵を斬りに出動する――そんな流れだったように思われる。
武蔵の刀を、同じく刀で以って撃ち払える人間。
そんなものは三千世界を隈なく探せど、せいぜい片手で数えきれるほどしか存在すまい。
そして葦名一心は、世にも稀なるその指の中の一本だった。
向かい合うは互いに剣鬼。瞳の奥に、斬ることが好きでたまらぬ修羅を宿してただひたすらに斬り続けた二人の男。
屍山血河の頂に立つ怪物同士、その闘いが人智を超えたモノになるのは、至極当然のことだった。
風切りの音すら遅れて聴こえる。
斬撃の軌道は、もはや光としてしか認識できない。
刀身が目に映るのは、「弾き」のほんの刹那だけ。
舞い散る火花が宙に溶けるよりなお早く、次々「弾き」が行われるため空間を占める白熱光は常軌を逸して増加して行き、ついには輝きの滝とも呼ぶべき幻想的な光景を生む。
ただ剣のみをよすがにこの異界を現出せしめた両雄は、一貫して笑顔であった。
私がこよなく愛読する柴田ヨクサルの傑作漫画、『ハチワンダイバー』に次のような一幕がある。
「『善は急げ』 よね」
「善?」
「そういうことだ これが“善”だ」
「何が“善”だ?」
「おまえは何のために強くなった?」
「暗殺のため」
「強い者同士が戦うのが“善”だ」
「“善”よ」
(さ… サルかよ)
皆口由紀。
尾形小路明太。
ジョンス・リー。
「武」の方面で最高レベルに突出した三名が、一堂に会した際のやりとりである。
初めてこれを読んだとき、「あっ」と息を呑まされたものだ。
完璧だった。
これほど爽快で得心のいく「善」の定義は、未だに聞いたことがない。
そしてこの筆法を以ってするなら、昨夜の私の夢の中は、間違いなく最高純度の「善」によって満たされていた。
「善」は即ち「美」にも通じる。最近流行りの、絶対者による一方的な虐殺には華がない。
実力伯仲した強敵同士、勝敗の帰趨常に揺蕩う、対等の殺し合いであってこそ、血腥いこの行為にも漸く美しさが宿るのだ。
そのあたりの事情をよく呑み込んで、私の無意識は実にいいものを見せてくれた。
きっちり決着をつけたことも評価したい。
夾雑物の一切ない、純粋で濃密な時間が過ぎ去った後、残りし影はただ一つ。
葦名一心が、宮本武蔵を斬り伏せていた。
ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 柴田ヨクサル
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