改めて思う。
小村寿太郎はうまくやったと。
ヨーロッパの火薬庫に松明がえいやと投げ込まれ、轟然爆裂、世界を
各国大使の舐めた辛酸、一朝にして敵地のど真ん中と化した窮境からの引き揚げを、円滑に運ぼうと努力して運べなかった人々の苦心苦悩が伝わっている。
ほんの一端に過ぎないが、吉野作造の筆により――。
「開戦の初めに当って敵国在留の各国民が殆ど其生命の危急さへも気遣はれたるが如き、露国大使がベルリンを引揚の際、自動車上に微笑を漏せりとて袋叩きの厄に遭へるが如き、我駐墺大使が、ウィーンの旗を巻いてスイスの国境に入る迄、云ふに忍びざる侮辱を受けたりと云ふが如き、各交戦民が熱狂の極、遂に常軌を逸するに至りしなるべしと雖も、国際礼儀が既に地を払って其隻影をも止めざるを察知するに足るべし。
人間の理性など、どうしてアテに出来ようか。
平素文明を自称する列強諸国の人々も、開戦の号砲を聞くや否、原始人に逆戻りして軍神に捧げる血の生贄を欲すのだ。
一連の描写を見る限り、日清戦争勃発の際、暴力も侮辱も受けずして、堂々退場、むしろ却って敵国民を威伏せしめて帰還した小村寿太郎という人は、つくづく辣腕だったらしいと判断せざるを得ないのである。
……ちなみに
「俺の正体は国家主義者だ」
と告白的なことを言う。
アナーキズムの痴夢に酔う狂人どもと
せっかくなのでその部分も抄出しよう。
「吾人は国家の名の下に罪悪の行はるゝ事あるの故を以て国家其物を排せんとするを欲せず、吾人は寧ろ国家を以て人類の理想を完成する、最善の手段なりと信ずる者也。而して人類の理想を完成する手段なるが故に国家の為に吾人のあらゆる努力を致すを悔ず却て人類の義務たる事を信ずる者也。此意味に於て吾人は実に国家主義者也。
既に国家を是認する以上、武力の涵養を怠るべからず、現今の国際状態に於ては、武力は有力なる発言者なり。特に我国の将来は強大なる武力と相俟って初めて真正の和平を保持し得べし」
知ってるようで知らないことは、世の中まだまだ多いもの。
教科書からでは決して見えぬ、デモクラシーの唱道者、吉野作造の一面だった。
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