良医というのは、ときに詐欺漢の才能を必要とする。
宇佐美洋医学博士がそう悟ったのは、駆け出しのころ、己の不注意な一言で患者の命を縮めてしまった、その後悔が原因だ。
小林という、結核で入院している患者であった。
未だ三十代でありながら、病の進みはよほど重度で、まさしく膏盲に入るといってよく、彼の肺腑は酸素交換をほとんど停止し、脈もか細く、意識は既に朦朧として、賽の河原を歩みつつあるようだった。
この当時、結核は「
そういう先入主も手伝ってだろう。枕頭に侍る奥方が、これまた病人のように蒼白い顔で宇佐美に訊いた。
「先生、どうでせうか。実は家が大阪でして、いけないやうなら家へ通知したいと思ひますが……」
と云ふ問いである。相当大きな話声で、勿論、患者の耳にも入る程度である。
「さうですね。もう二三時間でせうか。急いで電話なり電報で、御通知になった方がよいでせう」(299頁)
宇佐美の方も、もののはずみと言うべきか、つい釣り込まれるようにして、素直な見立てを口から出してしまったのである。
声を潜めて、などという配慮はむろん無かった。配慮の必要性を認めなかった。どうせもう、彼には何も聴こえていまい。……
(田口省吾「医師」)
ところがである。生命の神秘は医者の思惑を遥かに超えて。実はこのとき、患者の意識は明瞭であり、頭上で交わされるやり取りを、一字一句余すことなく聴き知ったから堪らない。
彼の容態は急変した。二時間どころではない、
息せき切って駆け戻ってはみたものの、豈図らんや、すんでのところで間に合わなかった。彼の命は尽きていた。
「早かったですね……まだ午前中は大丈夫と思ってゐましたが。どうしたのです?」
涙ながらの奥さんの答は意外にも、
「先生の御言葉を聞いて、すっかり気を落してすぐ亡くなりました」
「えゝ、僕の言葉? では意識はあったのですか?」
「死ぬ一分前まで確かでした。家の者など呼ぶなと云ってゐました」(300頁)
どの道とうに、救かる見込みのない患者である。
が、ほんの一時間や
悔恨とならぬはずがない。
それからというもの宇佐美氏は、結核患者に対しては特に、嘘を言おう、嘘を言おうと努力してやまない人間になった。
――さて、そんな彼の診察室に。
ある日、一風変わった来客があった。とある資産家の友人が、近頃熱を上げている――その最大のパトロンになるほど――女優の卵を帯同して現れたのだ。
で、つけた注文というのがまたふるっていて、
「この娘は演技も上手だし、容姿の方も見ての通り申し分がないのだが、ただ声だけがどうも良くない。一座の連中も、この声が何とかならんものかと気を揉んでるが、いったいどんな喉かよく診てくれ」
と言うのである。
(この野郎、まだ医者を神仙か何かと勘違いしてやがるのか)
反射的に腹が立ったが、向こうの目元に、古馴染みでなければわからぬ含みがある。
それで大体、求められている芝居の筋が読み取れた。型の如く診察を行い、鼻も尋常なら喉も正常、病気の兆候なんてもの、影も形もありはしないと確かめる。
重々しく頷いて、さあここからが修行の成果の見せ場であった。
「喉頭をよく診ましたが、これは悪いどころかなかなか以て立派な声帯ですよ。有名な長唄の○○さんの喉頭も、大学の助手時代診たことがありますが、丁度この声帯そっくりです。女の貴女がこれだけ立派な声帯の持主であるとは頼もしい。今売出しの女流声楽家××さんの喉頭も診ましたが、声楽をやるには随分無理な喉頭です。貴女の喉頭とは比較になりません」(140頁)
(中川紀元「病画診察」)
太鼓判を押して押して、押しまくったといっていい。
権威ある医学博士からこうもべた褒めに褒められて、腰の浮かぬ者があろうか。
更に例の友人君がタイミングよく膝を叩いて、
「ほう、○○さんの声帯に似ているかね」
身を乗り出し、さも嬉しそうに叫ぶのだから、いよいよ勢いづけられる。彼女は良質のガソリンをぶち込まれた発動機も同然となり、希望の炎を逞しくしながら帰っていった。
それから一年経つかたゝぬのに、今では押しも押されもせぬ一座のナンバーワンとなり、新聞にも雑誌にも写真入りの批評が出るほど名声を揚げた。
この女優のラジオ放送を聞く度毎に、一度見たあの声帯が目の前にちらつき、今でも妙に鼻にかゝったあの声が、一般の評判程ほんとうにいゝのかなあ――と、疑問に思って聞いてゐる。(141頁)
宇佐美医師は首を傾げずにはいられなかったが、おだてられ、うぬぼれてこそ大成できる人間というのは確かにいる。
いるどころか、世間のざっと八割方は
してみると、世辞が巧みに言えるというのも、かけがえのない才ではないか。
巧言令色、鼻持ちならないごますり野郎と無闇に敵視するべきでない。
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