穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

尾崎行雄遭難記・前編 ―痘瘡・チフス・大嵐―


尾崎行雄全集 第三巻』を入手した。

 

 

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 目下、これに収められているところの『欧米漫遊記』を読み進めているのだが、これがまた活劇のように面白い。


 なにせ、初っ端から咢堂の船が沈むのだ。


 順を追って話すとしよう。


 平素の言動――東京を火の海にする、といったような――に祟られて、保安条例の適用となり、東京から三里以内に入ることを禁ずるという、さながら旧幕時代の「江戸払い」めいた処置を尾崎行雄が受けたのは、明治二十年の暮れだった。


 彼の心中、無念の想いは少なからずあったろう。


 来る国会開設に向けあれこれと張り巡らせた策謀の数々、政治活動の大半からも、これで手を引かざるを得なくなる。失意に駆られて当然だった。


 が、いつまでも沈淪の底に甘んじるには、咢堂は少々若すぎた。


 彼の年齢、未だ三十かそこらでしかない。血の熱きこと衰えを知らぬばかりではなくいよいよ絶頂に向けて滾りつつある頃合いで、


 ――いっそのこと。


 その熱が、彼の思考、展望を、一段上へ跳ねさせた。


 ――どうせ東京に居られぬのなら、いっそ国外まで跳ねて、大いに見聞を広めるべきか。

 

 

Ozaki Yukio Mayor of the city of Tokyo

Wikipediaより、尾崎行雄) 

 


 咢堂自身はこのあたりの心境を、


「海外観風の意、勃然として動く」


 とか、


「何うせ東京に居っても、百計尽きて如何とも仕やうがないと思って居た所、これ幸ひと喜びながら、此間に西洋へ行って来やうと云ふ考へが浮んだ」


 とか、彼らしい見栄の張りようで表現している。


 で、その構想が実現したのが翌明治二十一年一月三十一日というわけだ。


 彼の乗った「北京號」は午前十時半横浜を解纜、以後十九日に亘る航海を経て、北米大陸西海岸、サンフランシスコの港に着いた。


 生まれて初めて目の当たりにする西洋の都市。生来の偏屈、つむじ曲がりな尾崎といえど、この時ばかりは衝き上げてくる感動を如何ともし難かったものとみえ、『欧米漫遊記』の筆跡も心なしか躍如としている。

 


 船上より見渡したる丈にても、当港は実に天然の良港にて四面の丘岡には青草充満し、日本にて桔梗の野色のみを見慣れたる目には特に一段の愉快を覚えたり。陸上には汽車白咽を放て縦横四方に往来す、之を船人に叩けば石炭を焼かず蒸気を用ふる故に其咽白しと云へり、豈に石油を以て蒸気を作るの謂ひ乎。水上には諸形の汽船往来し、又我が都鳥と全く其形を同じうするの水鳥甚だ多く、人をして坐ろに懐郷の念を動かさしむ。(10頁)

 

 

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(サンフランシスコと戦艦ミズーリ

 


 が、ここから思わぬ事態が起きる。


 咢堂の云うところの「天然の良港」に、しかし北京號の乗員一同は降り立つことを許されず、船内に留め置かれる破目となるのだ。


 乗客の一人、支那人が、天然痘を発症したのが原因だった。


 実のところ広東・香港一帯は先年来より天然痘が猖獗を極めつつある有り様であり、これが為に同地方から来航したる船舶は悉く検疫を受ける決まりであった。


 この網に、しっかりと引っかかった形であろう。


 とまれかくまれ二週間の海上待機を余儀なくされた咢堂は、まるで首だけ出して土中に埋められ、ご馳走を見せつけられる犬神のように焦れる心で、日一日を消費してゆくこととなる。


 周囲の人間風景を観察し、こんなことを書きもした。

 


 船医数々清人を検査し、総て脅迫法を以て之に種痘を施す事なれど、支那人は何故にや全体に種痘を嫌ひ、人の見ざる所に行て百方之を洗磨し落すを以て充分付かざる者多く、終に天然痘に罹るに至る、其頑冥笑ふべく又驚くべし(11頁)

 

 

Smallpox vaccine injection

 (Wikipediaより、二又針を使った種痘の摂取)

 


「ロンドンでは如何なる伝染病に遭おうとも、船舶の消毒・検疫は48時間を超えることはないというのに」


 と、愚痴めいた比較も敢えてしている。


 このあたり、昨今のコロナ禍にまつわるクルーズ船への対応を彷彿として興味深い。


 そうこうする間に船内にて支那人二名が死亡した。


 特にそのうち一名は、激しく嘔吐を繰り返した挙句の死であったから、必然として天然痘とはまた別の伝染病を想起せずにはいられない。


 ――この上よもや、チフスまで?


 恐れおののかずにはいられぬ展開であったろう。


 まるで夢野久作の短編小説、『幽霊と推進機』を目の当たりに見るようだ。

 

 

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 更にその夜、新たに五六人の支那人が嘔吐の症状を呈するに至って、乗客たちは最早一刻の猶予もないと理解した。


 こんなところにいられるか、俺たちを別の船に移しやがれと当局に交渉したのである。


 申し出は、果たして恙なく容れられた。「伝染病の製造元たる二百の清客」を北京號に留め置き、尾崎を含む上客たちは別に設えられた「Alice Garratt」なる小蒸気船にその身を移すこととなる。


 これで漸く人心地ついた、と胸を撫で下ろしたのも束の間のこと。次の災害はもう既に、指呼の間に迫りつつあった。


 ――船の錨をぶち切るほどの途轍もない暴風怒涛が、サンフランシスコを襲うのだ。

 

 

 

 

 


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