この時代、「デモクラティック」という単語が日本人の口癖のようになっていた。
護憲運動華やかなりし、大正末から昭和初頭にかけてのあの頃。猫も杓子もデモクラシーを熱唱し、それさえ実現したならば不況の暗雲は一掃されて、給料も上がり、うまいものがたらふく喰えて、病魔という病魔はきれいさっぱり駆逐され、平均寿命は飛躍的に上昇し、女にももて行く先々でちやほやされて、いやもう世の中はバラ色、夢色、順風満帆有頂天――そんなふうに印象されていた
海外へ流出した日本人の多くがそのノリを、向こう側でも利かせまくった。
知識人と際会する機会に恵まれるたび、
「某氏の如き、あんなにデモクラティックな方で」
とか、
「この制度……こんなにもデモクラティックである」
とか妙な世辞を口にして、自分が如何にデモクラシーの敬虔な信徒であるかをアピールし、ときには頬を染めてまで陶酔を露にする有り様が、ベルギーの仏語系新聞「
日本という民主主義的には未開な地からやってきたという負い目上、先進国の人々に侮られたくないという心理が働いての背伸びだろうが、悲しいかな、こうした態度は却ってあさましいと受け取られ、嘲笑を買うばかりであった。
一部の親日家たちは、日本人が憑かれたようにデモクラシーを希求する、その態度自体を高らかに嘆いた。前述のピエール・ダイイ氏に至っては、日本に本来の意味でのデモクラシーが行われたことなどただの一度もなかったことをまず認め、それだからこそこれまでの成功と繁栄は有り得たのだとあざやかな反駁を行っている。
日本は驚くべき速度で封建制から近代制に通過したが、其の近代制度は真のデモクラシーたる事なく国民の希望と帝国の強固な伝統的基礎の維持とを調和せしめるに足るだけの外観を有して居る。
或る例により我々は独裁政治から一層進歩せる制度に急激に変遷することが如何なる危険を国家に呈するかを知って居る。支那に就て見るも此点に関し明瞭な教訓を見出すのである。(昭和十年刊行『外人の見た日本の横顔』21頁)
「独裁政治から一層進歩せる制度に急激に変遷することが如何なる危険を国家に呈するか」は、カダフィ亡き後のリビアや、ムバラク失脚後のエジプトを見ればたちどころに瞭然たろう。
民主主義を絶対化し、犯すことの許されざる天上の法理か何かのように取り扱いたがる手合いというのはいつの時代にも存在するが、冷静に考えてそんな都合のいい代物がある筈がない。
所詮、人のつくったものだ。
人間が、人間の集団をより効果的に取り纏めるための便法に過ぎない。長所もあれば欠点もある。体質によっては、強烈なアレルギー反応を示すこととてあるだろう。
「主義」に必ず付きまとう劇薬性を、ピエール記者は説いている。そして大日本帝国ほど、その毒性をうまく中和し、薬効のみを取り出してのけた国家というのは、少なくともアジアに於いて及ぶ者がないのだとも。
現制度は実際に於て西洋スタイルの中に全面を掩はれた古い東洋思想の上に築かれて居る。帝国の現在の繁栄、アジア的混沌の真中に於ける安定、其発達は斯かる実行方法より賢なるものなきことを示すのである。(同上)
要するにせっかく日本の風土に最適化された流儀があるのに、なにゆえ態々それを棄て、今更西洋の不細工な模倣に走ろうとするのか、理解しがたいと首を振っているわけである。
日本はデモクラシーの歴史を持たないことを恥ずべきでなく、それどころか「日本が既に真にデモクラティックであったならば、軌条上を全速力で走る機関手の居ない非常に有力な機関車の如く世界に対する危険を醸すであらう」から、むしろ胸を張るべきであると。
慧眼、隼の如しといっていい。
(ベルギー、ブルッヘの旧市街)
このベルギー人ほど明治維新の本質を鋭く見抜ききっていたのは、ひょっとすると日本人でも稀ではないか。特権階級たる武士が、みずから槌を振り上げて、その特権をこなごなに叩き潰すという、これまで世界で行われた如何なる革命とも趣を異にするあの大政変を、彼は次のように評したのである。
外部からの攻撃を防ぐ為或蟲が自分の居る葉又は皮と同様な保護色をとる如く日本は其防禦の為欧州デモクラシーから借りた或存在方法にて飾られてゐる。(中略)日本は自己擁護の為に文明の一形式から他の形式に移らなければならなかった。而して此変化を為すに異変なくして達せられたのであるが、之は確に其の伝統的制度の遺物に近代的の加味をなすことができたが故である。亜細亜に於て此力技に成功したのは只日本のみである。(23~24頁)
これが93年前の文章という事実には、いくら驚愕してもし足りない。
引用元たる『外人の見た日本の横顔』は過去『ツーリスト』――ジャパン・ツーリスト・ビューローの機関誌――に掲載された日本評の採録であって、本自体の出版年こそ
ここ暫く、東恩納寛惇という一日本人の目を通して二十世紀の南溟を探る試みが続いた。
今度は趣向をちょっと入れ替え、同じ時代、当の大日本帝国は外国人からどんな印象を持たれていたか、本書を手掛かりに解き明かしてみたいと考えている。
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