穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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ドイツ精神と猫のエサ

 

 昨日の記事で、せっかく尾崎に触れたのだ。
 ついでにこのことも話しておこう。やはり『咢堂漫談』中の一幕である。


 欧州大戦以前――すなわち帝政ドイツ時代に於いて、ベルリンからおよそ300キロ南東に位置するブレスラウ市で起きた事件だ。

 

 

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(ブレスラウ)

 


 この街には元々官立病院武器庫とがそれぞれ設置されており、これらの施設は「官」の統制下にあるだけあって、毎年その所有財産目録経費要求予算書中央政府へ差し出すのが決まりであった。


 しかるに某年、両施設が提出した財産目録中には、共に「猫一匹」の記述があったにも拘らず、その飼養料――すなわちエサ代――を請求したのは病院側のみであって、武器庫側の予算書には「餌代」の「エ」の字も発見できなかったのである。


 この差異を、政府は殊の外重視したらしく、ブレスラウ市に説明を求めた。すると返ってきた答えというのが、

 


 武庫の方は、鼠が沢山居るから、飼養料は要らないが、病院には、鼠が居ないから、飼養料が要る(『咢堂漫談』433頁)

 


 この説明に中央政府は満足し、一連の書類は監督官庁を無事通過、許可に至ったそうである。

 

 

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 英米びいきの咢堂は、この話をドイツ人の脳味噌が如何に規則ずくめで重箱の隅を突っつきまわさずにはいられない、杓子定規の化身と呼ぶべき代物であるか説明するための例として引用している。一事が万事、こんな堅っ苦しいことばかりやっているから、彼らは戦争に負けたのだと。


 しかし猫といういきものをこよなく愛する私のような人間の目には、このエピソード、ドイツ人の愛嬌が至る所に充実していて、まことに微笑ましく映る。


 そうだとも、猫にまつわることどもは決して些細な問題ではない。その健康に配慮しないなど人道に悖る。追及は、あって然るべきだった。

 

 

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 ブレスラウ市は第二次世界大戦における独ソ両軍の激戦地となり、歴史地区の大半が破壊され、戦後はポーランドに組み込まれている。現在の名は、ヴロツワフだ。


 2017年には、この地で第10回ワールドゲームズが開かれている。

 

 

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