穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

誤字脱字奇譚 ―女神の報復―

 

 その日、新聞を開いたドイツ国民は一様に驚愕の嵐に見舞われ、危うく顎を落っことしかけた。


 こともあろうに、あのビスマルクが。


 帝政ドイツの立役者たる鉄血宰相その人が、よりにもよって議会という、権威の殿堂のど真ん中で、


「余は総ての少女らと親善なる・・・・関係・・を維持していることを喜ぶ」


 と演説したと報じられれば、そりゃあそうもなるだろう。


 悪童時代のビスマルク――若干15で女遊びを習得し、農民の女性や保母を相手に経験を積み、磨き抜かれた手腕で以って貴族の娘や牧師の娘やフランス人の人妻と関係を結びまくった手の着けられない女ったらし――を知る人々は、さてこそあやつめ、昔の血が騒ぎ出し、古代専制君主さながらの「処女権」獲得に乗り出すつもりかと真っ赤になって憤慨したほどである。

 

 

Otto von Bismarck, Jugendbildnis im Alter von 22 Jahren

 (Wikipediaより、22歳のビスマルク

 


 が、一連の誤解は春の淡雪よりも容易くとけた。


 なんのことはない、これはちょっとしたヒューマンエラーで、「列強」を意味する「Mächten」という単語を何処ぞの職工が二字組み間違え、「Mädchen」――「女の子」と刷ってしまっただけだった。よって、本来のビスマルクの演説は、


「余は総ての列強と親善なる関係を維持していることを喜ぶ」


 こうなるわけだ。


 外交家としては悪魔的手腕を持つオットー・フォン・ビスマルクのこと、なにもおかしな点はない。


 それがたった二つのアルファベットを組み間違えただけのことで、斯くもドイツ社会を騒擾させる。誤字脱字の恐ろしさが伝わろうというものだ。

 


 とある大衆作家は誤字脱字をして、銀シャリに紛れ込んだ砂粒」と評した。

 


 一握りにも満たないほんのわずかな量であっても、食感を妨げること甚だしい。


 21世紀の科学力を以ってしてさえ、未だこの不純物の一掃は成し遂げられないままなのだ。況してや19世紀という、一文字一文字手作業で活字ブロックを嵌め込んでゆく必要のある、あの時代に於いてをや。

 

 

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 誤字脱字は日常茶飯事といってよく、如何なる権力者であろうともこの脅威から逃れることは叶わなかった。


 ナポレオン・ボナパルトでさえ、その被害に遭っている。


 即位後の彼が張り出した諭告の中に、


「朕はフランス軍の盗賊的行為を嘉す」


 という一文があって、やはり大騒ぎを惹起したのだ。


 皇帝陛下を襲ったこの誤植は鉄血宰相よりも一文字少なく、「勇敢」を表す「Valeur」の「a」をうっかり「o」と取り違え、「盗人」を意味する「Voleur」になってしまっていたというもの。

 


 特に秀逸な一例は、とある無神論が自説を纏め、「God is nowhere」――「神は存在せず」という表題の大論文に仕上げた際のことである。

 

 如何なる運命の悪戯か、印刷にまわしたこの論文は活字が途中で切れてしまって、「nowhere」の一字が「now here」の二字に分割されることとなり、「God is now here」――「神は現にここに在り」と、本来の意図とは正反対の結論を掲げてしまったそうな。


 これなどは存在を否定された運命の女神が、その面当てに特別に糸車を手繰ったようで趣深い。

 

 

Strudwick- A Golden Thread

 (Wikipediaより、運命の三女神)

 


 それから最後に、これは若干趣旨が違うが、今書いておかないとついに発表の機会を失いそうなので付記しておきたい。


 明治の聖代、尾崎行雄アメリカを旅したときのことだ。


 西部の旅宿に泊まった彼は、唐突に以前この大陸で口にした、酸味の強い赤い野菜を喰いたくなった。


 ところがソレの名前というのが、どうにもこうにも出てこない。あと三十年もすれば日本人でトマトの名を知らぬ者などほとんどいなくなるのだが、当時はまだ「知る人ぞ知る」の枕詞が十分に相応しい頃だった。


 脳内回路の、どこがどう間違って繋がったのか。苦心惨憺の末、とうとう彼の口からまろびでたのは、

 


「トマホウクを持って来い」(『咢堂漫談』335頁)

 


 という一言だった。

 

 

NezPerce Tomahawk

 (Wikipediaより、トマホーク)

 

 
 ミサイルなど影も形も存在しないこの時代、トマホークといえばインディアンの用いるあの手斧以外に有り得ない。


 給仕人は呆然と突っ立ち、咢堂の顔を凝視するほかなかったという。

 

 

 

 

 


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