穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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傑作の条件 ─ある劇作家の娯楽観─


「優れた芝居は二次創作を生んでこそ」


 大胆極まる主張をしかも、大正時代の昔に於いてやってのけた奴がいた。


 その人物とは、仲木貞一


 新国劇や松竹キネマを渡り歩いた、石川生まれの劇作家である。

 

 

 


 自論を述べるに彼はまず、当時の物質文明の住民の精神の荒廃を、──社会という肥大しきったシステムが人間個々の魂をどれほど無慈悲に圧殺しつつあるかについて弁じたて、以って前置きとした上で、

 


「人間の、人間たる情意的の生活が段々出来なくなって行く。それを満足させる為に、娯楽を求める。二階の小さな窓に朝顔鉢をおくのも、とこにダルマの像をかけるのもそれだ。機械となって働いてた人が、それを眺めて感情を満足させるのだ。所で、此等感情を最も強く刺戟してくれるのは、所謂芝居なり活動なり音楽なりだ。…(中略)…これらの見る物、又は聴く物に接してゐる時、誰でも、その度合の大小はあるが、必ず様々の事を考へる。そして、即ち頭の中に、色々な幻想を描くに相違ない。即ち各位は作者となって、創作をやらかすのだ。これはかなり頭を使ふ事なのだが、然し頗る愉快な事なのだ。これを、皆は無意識にやらかすのだ。芸術品とは、各位の頭に創作をさせるやうな物と云ふ事が出来るのだ

 


 斯く諄々と説いてくれたものである。

 

 

 

(『DEATH STRANDING』より)

 


 映画やアニメを鑑賞する際、先の展開を予想して答え合わせに挑むのは誰もが通る道だろう。


 更に進むと、映像を眼で追いかけつつも脳内で、自分にとってより・・快い展開を勝手に妄想しはじめる。その妄想を綴り合わせて絵にし、あるいは文章にする。我と我が身に徴しても、痛いぐらいに覚えのあることである。


 他人ひとの褌で相撲を取るやつ、厚顔無恥な盗人め──と罵倒されても文句の言えない行いを、しかし仲木は「至って正しい楽しみ方」と肯定してくれている。


 なんとありがたいことか。

 

 

(『BIOHAZARD VILLAGE』より)

 


 もともと彫刻といふものは見るだけでは物足りないから触って見たいといふ所謂触感を誘ふまでにその作品が出来てゐれば、頗る傑作だといふことが出来るのである。目下の展覧会場ではこんな振舞をやったらそれこそ大騒ぎになるが、われわれは、たゞ見るだけでなく撫でて見たいと思った時には、自由に触れていゝやうな彫刻をゆくゆくは諸君の前に提供したいと思ってゐる。


──朝倉文夫

 

 

 

 

 


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