一九四三年、元号にして昭和十八年である。
現役の駐ソ米国大使たるウィリアム・ハリソン・スタンドレーの一言が、世間に大きなセンセーションを呼び込んだ。
曰く、「ソ連は米国から多分の物質的援助を蒙ってゐるにも拘らず、少しも感謝の意を表しない」──。
およそ通常の外交儀礼を逸脱し、忘恩漢と一直線に
「歴史は過去の事実と現代のそれとの相違についても読者の興味を惹くが、これと同時に又両者の同一若しくは類似についての感興を催さしめるものである」との、三浦周行の箴言が記憶の底より甦る。
「友軍」「友邦」「友好国」とひとくちに言うのは容易いが、その内実が本当に字面通りの麗しさとは限らない。どころかむしろ円満を欠いている方が、最上級に気に喰わぬ相手を打倒するために
ジョージ・オーウェルの著述にも、主に給料の格差からイギリス兵士がアメリカ兵士を嫉視すること甚だしいと、反目模様がふんだんに記されていたものだった。
まあ、それでなくともイギリス人の意識には、元植民地の連中をナチュラルに下に見たがる習癖が、瘧の如く潜在しているのだが。
「私は、アメリカのニュースが始まるとすぐ、ラジオのスイッチを切ってしまう人たちを知っているし、最も陳腐なイギリス映画でも『アメリカ人の声を聞かないですます絶好の息抜きになる』という理由でいつも中産階級の支持を得ている始末だ。アメリカ人は高慢で無作法で金の亡者だと思われていて、大英帝国を乗っ取るたくらみをしていると疑われてもいる。また事業上のねたみもあり、それは武器貸与協定で打撃を受けた事業にとりわけ多い」
オーウェルのこの文章が、一九四二年にしたためられたモノであるという事実に対し、目を見張らずにはいられない。

(ロンドン、ニューボンドストリート)
日本人がなんとなく御神酒徳利のイメージを仮託している英米ですらこのザマだ。
地球人類誰にとっても都合よろしき政治など、しょせん幻想、否、それ以下の、痴夢に過ぎないのであろう。
ままならないものである。
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