穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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茶碗蒸しで酔う男


 戸川秋骨は下戸だった。


 茶碗蒸しで酔っ払う、驚くべき下戸だった。

 

 茶碗蒸しの調理には、往々にして味醂を使う。その分量が、ちょっと常より上方向に外れただけで、もう顔色を赤くして、明くる朝には胸がむかつき関節痛に襲われる、早い話が典型的な二日酔いの症状を出す、そういうレベルの下戸だった。


 筋金入りといっていい。ここまで来ると酒に対するアレルギーの領域に片足突っ込んでいるんじゃないか。そうした疑念も、おのずと兆さざるを得ぬ。鹿児島名物酒鮨も、これでは到底食せまい。実に難儀な体質だった。

 

 

 


 なんでいきなり、こんな話をやりだしたのか。


 それは清澤洌よる、一九三二年アメリカ合衆国大統領選をテーマに据えた時事評論を読んでいて、

 


「禁酒問題が如何にアメリカの政界に深い興味を持ってゐられるかは、一寸外国では想像がつかない。なにしろ誰でも一言出来る問題であるし、また呑むことの問題でもあるから、ビールの泡の蔭から気焔は高い。大統領候補者の受諾演説などを聞いてゐても、財政問題や外交問題に対しては、聴衆は墓場の石塔のやうに黙って手一つたたかないが、一度禁酒問題になると、ウイスキーと日本酒を一緒に呑んだ時のやうに大騒ぎして躍り狂ふのが常だ。
 ところでルーズヴェルトは民主党の立場から飲酒派で、『酒を公許すべし、そのため早速憲法の改正をなすべし』といふ立場であるに対し、フーヴァーの方は、以前から禁酒で立ってゐた関係上『ふぐは食ひたし、命は惜しし』といった曖昧な立場で、禁酒派も満足しなければ、さらばとて無論飲酒派も承知しない」

 


 筆鋒がここ、ここの箇所へと及んだ際に、ふっと連想されたのだ。


 世界の姿は千差万別。百人居れば百人分の像がある。観測者の主観次第でいくらでも移ろう宿命さだめであるならば、戸川の如き酒が毒水でしかない生理の持ち主どもにとり、禁酒法に対する姿勢、──酒を解禁するか否かが大国の元首の顔さえもことによっては左右する、この現実はさぞ珍妙に映ったのではなかろうか、と。


 そんな勝手な当て推量を抱いたまでのことである。

 

 

((『DEATH STRANDING』より、時雨農場ビール「TIMEFALL PORTER」)

 

 

 同じ白雪を見ても、風流人は雪見の清興を思ひ、欲深の人は、これが若し塩であったらばと思ひ、若しこれが砂糖であったらばと考へる。見方によっていろいろ別になる。


──中山久四郎

 


 人は自らの主観からのがれることはできない。しかし少くともその主観の実態を知り、それを勘定に入れてものごとを考えることはできる。


──ジョージ・オーウェル

 

 

 

 

 


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