半島に来て驚いた。
ここでは冬でも蠅が出る。
それも一匹や二匹ではない。汚れた羽音を我が物顔で垂れながら、当然のように群れで越冬してやがる。いったい何処から湧いて出るのか、そこを究明せぬ限り、突き止め殲滅せぬ限り、朝鮮の衛生状態は劣悪不快の謗りを免れないだろう。……
京城帝国大学教授、寄生虫学専攻理学士・小林晴治郎による、苦渋塗れの報告である。
一応、原文を引いておくなら、
「朝鮮では冬でもイエバエは発生して居る、故に前に述べた如く冬も幾千、幾万匹捕る事が出来る。然し其発生場所がドーモ分らない。此発生源を究めて、之を除かなくて、単に出て来る蠅を捕っただけでは春の発生防禦には効が少いが、残念にも未だその目的を達しない。此点、内地ではこんな風な冬の発生が余りない様である」
ざっとこの通りの次第。
現代ですら彼の地は蠅の多い国。ましてや前世紀となれば、そりゃもう

(鎮南浦)
まあ、それはいい。
寄生虫学つながりで、いまひとりほど備忘録から引っ張り出したい者がいる。
宮入慶之助である。
日本住血吸虫の中間宿主──ミヤイリガイ──を発見したということで、甲州に於ける知名度は割かし高い碩学だ。
否、高いどころで済むものか。
山梨に人のある限り、風土病根絶の功労者として、かの名は不朽に近かろう。
そういう宮入博士が嘗て、ある場、ある時、ある機会にて、語っていたものだった、
「苟も一事を人の目につく程度に為し遂げるには、どうでも辛抱が必要、しつこく其事に執着せねばならぬ。小児の歩み習ふ時の様が何よりの手本、やうやっと立ったと見るとストンと尻餅、ニコニコしながら無限に反復する。此の先づ二本の脚で立ち、後の脚を前へ進め進めして歩む稽古が一切万事練習の手本」
人生訓の如きものを、いみじくも。
どこか徳川家康公の生き様を髣髴する内容に、
辛抱・努力・忍耐は、時の涯てまで無限に讃えられるべき人の美徳に違いない。

(府中東照宮にて撮影)
凡そ人を相手にするとき、相手の心を読むが大切。相手を測量するには先づ自分を知らねばならぬ、自分の悪い所を去り、足らない所を補ふには書物を読むが近道、歴史、伝記、小説の類を精読する。
精読とは、外国の文ならば日本語に翻訳する、少くとも要点を抜き書きする、貝原益軒の養生訓は抜書を集めたもの、夏目漱石の自信の固まり始めは、ロンドンの下宿屋で抜き書きし抜き書きし、蠅の頭のやうな細い字で書きつけたノートが積もり積もりて五、六寸の高さに達したときだと、文学論の序に書いてある。
──宮入慶之助
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