穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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ドイツに学べ ─カイザーの遺産─

 

 磯村乙巳は実によい眼を持っていた。

 


「現在のドイツ高度国防国家はヒトラーが築き上げたものであるかと云ふに、私は必ずしもそうは思はない。むしろ、前の時代のカイザーがつくったもので、その蒔いた種が実を結んだに過ぎないものと思ふ。カイザーは工業大学を百以上もつくり、何万といふ技術者を養成し、その卵は国内に満ちてゐた。これに対し、ヒトラーは旗を振ったに過ぎない。その旗振りは名手でなければならぬことは勿論で、その点ヒトラーは成功したのであるが、国全体に既に下地があったことを忘れてはならない。この下地がなければ、ヒトラーが如何程政治的手腕があっても駄目である」

 


 昭和十六年早春にこの分析はただごとではない。

 

 

 


 電撃戦の成功と三国同盟成立で親独ムード一色に世間が染まっている際に、アドルフ・ヒトラーを讃える声が轟々として鳴りやむことのない際に。──時代的な熱狂に禍されることもなく、よく本質を見れている。


 あるいは経験が活きたが故か。磯村乙巳は昭和六、七年という、丁度ナチスの勢力が雲を掴んで蒼穹へと翔け上がる龍の勢いさながらに奔騰するタイミングにて、ドイツ遊学を行っている。


 突撃隊と共産党とが、白昼堂々、街路で銃をぶっぱなし合う、テロルの現場とニアミスしたのも一再ではないそうな。


 しぜん、ハーケンクロイツに酔いにくい体質ができたのだろう。

 

 

(『Wolfenstein II: The New Colossus』より)

 


「ヒトラーが未だ『フューラー』として尊敬されてゐない頃、彼のあだ名は魚の『鮟鱇』と云ふのであった。これは口が大きくて、しゃべることが上手だと云ふわけである。現在、そんなことを云ふ人は一人も居ないが、当初は成り上がり者としてこれを軽蔑してゐた」

 


 コレなぞまさに当時を直に知らなくば到底語れぬ追憶だ。


 磯村乙巳、まったく正当な意味合いで、ドイツに学んだ男であった。

 

 

HODOGAYA CHEMICAL CO.,LTD. Logo.svg
(Wikipediaより、保土谷化学工業のロゴ。乙巳はここの二代目社長。ちなみに初代は彼の父)

 

 

 

 

 


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