ハイパーインフレ進行中の社会に於ける紙幣ほど、みじめな
大抵
ドイツマルクが積み木になったり、壁紙がわりにペタペタ貼られまくったことは、蓋し有名な奇談であろう。
オーストリアクローネは、何故かスイスの商人がピン札を束で買い付けて、ワインボトルのラベルへと相当数が転用される、妙ちくりんな生まれ変わり方をした。デザイン自体の美々しさを見込まれてのことらしい。
(Wikipediaより、10000クローネ紙幣)
ルーブルもまた紙屑同然、底の底まで価値は落ちたが、清酒のラベルにこれを使った日本人商人は、生憎いないようである。オサケの味にルーブル紙幣のデザインは相性が良くなかったか、それとも単に日本人がカタブツ揃い、ユーモアを解さぬゆえなのか。
とまれかくまれ第一次世界大戦後、欧洲諸国の為替市場は悉く惨落の憂き目に遭った。
細貝正邦の調べによると、円貨基準で見た場合、一九二二年前半期の段階で「フランは半額に、イタリアのリラは四分の一に、ドイツのマルクは六十分の一以上になり、墺国露国は殆んど問題にならぬ」状態であったということである。
例外はほとんど英国ばかり。ポンドばかりが戦前の地位を危うくも、一応保っていたそうな。
「戦前にはそれが為めに人々は、間々命でも投げ出したであらう所の、高貴なる貨幣が一朝にして紙屑となる、それは大戦のしわざであることは誰も知ってる。大戦はパンを石にする類の奇蹟を敢てしてゐる」──奇蹟というより魔術の方が相応しいのであるまいか。それも夜より暗黒な──「こんな経済的奇蹟はどうして起ったか。それにはどうした意味があるか、良い事か悪い事か、恐らく良い事ではなからうが、然らばどうして其れを原状に恢復せしめるか。それは現代の欧洲、と云ふよりは寧ろ世界の政治家学者実業家の頭を
朝鮮銀行調査部に奉職していた男の言葉だ。
一定の信頼は置いていい。
結局当時の「政治家学者実業家」──いわゆる経世家の面々は、この難題に正答を美事与えられたのだろうか?
その後の歴史を追う限り、軽々には首肯できないことである。
ちなみに細貝正邦は一円=百三十マルクまでレートが下落した際に、
(流石に底を打っただろうよ、この辺で)
と観測し、虎の子の貯金を引っ張り出しておよそ一万マルクほど個人的に調達すべきか、ひどく誘惑されたそう。
買って、而して、二十年ほど塩漬けにする。

いくらなんでも二十年も経ったなら、ドイツ経済も回復し、マルクの価値も戦前レベルに復活していることだろう。そうなりゃ俺は大金持ちだ──そんな魂胆があったとか。
だかしかし、日常の業務に忙殺されて、とうとうそれは為せなんだ。
為せなくてよかった。細貝には、神助があった。
一円=百三十マルクなぞ、底にはあまりに遠すぎる。所詮浅瀬でちゃぷちゃぷやってる段階に過ぎなかったから……。

(『DEATH STRANDING』より)
ドイツが敗戦するとの考は国民の頭には毫もなかった。日露戦争のとき軍事公債に対して不安を感じた者のない如く。曾て戦争に敗けたことのないドイツの国民は何等の不安なく、軍事公債に応募した。大抵の者は財産の半分又は三分の二を以て之に応じた。
──小泉英一
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