穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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ミツワ謹製「小エビの天ぷら」


 三輪善兵衛が当代きっての「天ぷら党」になったのは、彼の家業と深い関係性がある。


 彼は石鹸屋であった。

 

 

 


 贈り物の定番としてキッコーマンと併称された、ミツワ石鹸二代目社長は彼なのだ。


 石鹸の原料は油脂である。


 暖簾を守る──事業を繁栄させるため、商品の開発・改良は一日たりともゆるがせには為し得ない。


 三輪善兵衛も、当然これに取り組んだ。


 取り組んだどころの騒ぎではない。


 この試みを、彼は非常に効率的に行った。大正四年に「ミツワ化学研究所」なる機関を立ち上げ、十分設備を充実させると、爾来ここにて、油脂の知られざる性質を次々判明させてゆく。

 

 

(『Stray』より)

 


 ところがそうして常日頃、アブラに接触していると、ふとしたはずみで思いもかけない妄念がポロっとまろび出るらしい。


 つまりはコレで食材をカラッと揚げてみたならば、存外美味いんじゃないのか、と──。

 


「私共でそもそも天ぷらをやり始めたのは、商品の研究上、化学研究所を設けまして、いろいろの研究をやる、香油なども作りますので、その研究をして居る内に、この油で天ぷらを揚げたら美味からう──といふので、揚げ始めたのが始まりです」

 


 目も眩むほど鮮やかな職権濫用といっていい。


 当時の食通界隈で


「ミツワの天ぷら」
「天ぷら屋の御本家」


 などと揶揄されし、重度の天ぷら愛好者。三輪善兵衛がそういうもの・・・・・・になったのは、斯かる経緯に因るそうだ。

 

 

 


「油は、何といっても胡麻の油が一番よろしい。獣類や魚類の脂は臭くていけません。種としては、季節にもよりますが、私共では海老を主とし、あなご・・・はぜ・・、まあはぜ・・ですな、これは旨いものです。それからめごち・・・に烏賊、ぎんぽう・・・・などが旨い」

 


 まったく彼の天ぷら談議は立て板に水、いったん口火を切ってしまうと止まらない、のべつ幕なしの観がある。

 


「海老は東京湾の海苔のしび・・の間に生長するのが旨いです。私共で使ふのは、大抵目方八匁から十匁としてあります。それを頭を取って揚げる。それより大きくなると硬くていけません。一体海老は生きてゐるものを用ひ、歯を使はないで──噛まないで、たゞ上頤と下頤だけで食べられるものが旨いとしてあります。硬い海老、噛まなくちゃならないやうなのは、もう通の食べるものぢゃありません」

 


 実際問題、何の予備知識も無しにこの文だけを見せられたなら、どこぞの頑固な天ぷら職人へのインタビューと即断しない自信というのが、筆者わたしにはない。石鹸屋のトップだなんて、まさか夢にも。

 

 

(『Cyberpunk 2077』より)

 


「メリケン粉の中へ卵を少し入れると味がよくなるが、入れ過ぎると不味くなる、皮がさっと揚らないんですね。
 天ぷらは色が着かないのが本当です。黄色味のあるのは、油の色が出るからです」

 


 途轍もない凝り性だ。


 ここまで凝れる対象を何かひとつでも持つというのは、そのこと自体が既に一個の、歴然たるの幸福であるに違いない。

 

 

 

 

 


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